(5-35)あぶなかったー
忠史は一度お茶を口に含み、ゆっくりと続きを語り始めた。
「玉は完全に土の中へ埋まってしまったんですが……そのあと、樹が『すごいね!』ってすぐそばの木の根元を見ていたので、一緒に見たんです。そしたら……木が動き出したんです」
「えっ!?」
「ええっ!?」
由紀と環が同時に声を上げた。
二人は思わず顔を見合わせる。
「動くって……木が?」
「はい」
忠史は静かにうなずいた。
「山の中ですから当然それなりに木々が密集している場所なんですが、よく見ていると一本だけじゃなくて周囲の木が少しずつ少しずつ位置を変えていて……離れていくというより、何か空間というかスペースを作ろうとしているように見えたんです」
「そんなこと……」
由紀が思わずつぶやいた。
理屈ではあり得ない。
「ホントだよ!」
樹が身を乗り出す。
「すごいんだよ! ずずずーって! みんな動いてた!」
両手で木が滑っていく様子を一生懸命に表現する。
忠史も続ける。
「ええ、本当にゆっくり。数分で数センチくらいだったと思いますが……でも確実に周囲全体が動いている感じでした」
再び部屋が静まり返る。
誰も言葉を発することができなかった。
その沈黙の中で、ヒサ子がゆっくりと口を開いた。
「私たちはねぇ……最初からこの村があって、この村があるから『真人様』という存在があると思って生きてきたんだよ」
少し遠くを見るような目になる。
「でも……その逆の場合もあるってことなんだろうねぇ」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
村があるから真日子が生まれるのではない。
真日子がいるから村が生まれる。
その可能性が、静かに部屋の中へ広がっていく。
環がそっと尋ねた。
「じゃあ……そこに新しい村ができるんですか?」
「それは正直、まだわかりません」
忠史は首を横に振る。
「ただ……樹が木の根っこに訊いたら『お日様が七回昇ったらまたおいで』って言われたらしいんです」
「うん。七回って言ってた」
樹が元気よくうなずく。
「だから……」
忠史は興味を抑えきれないように続けた。
「もちろん一週間後には行くつもりなんですが、明日も少し様子を見に行こうかなって思ってるんです。どんな感じかなって」
その瞬間、ヒサ子が静かに首を振った。
「それは……やめておいた方がいいね」
忠史は驚いてヒサ子を見た。
「え? 行かない方がいいですか?」
ヒサ子は穏やかに答えた。
「うん。お日様が七回昇ったらって言われたんだろ? だったら七回昇るまでは行ってはいけない。そういうことだと思うよ」
部屋の空気が少しだけ変わる。
ヒサ子はゆっくり続けた。
「昔話にもよくあるじゃないか。『決して覗かないでください』とか『振り向かないでください』とか『この箱は開けてはいけません』とか。でも、人はついついその約束を破る。覗いたり、振り返ったり、開けたりして、取り返しのつかないことになる」
ひと息ついて続ける。
「だからねぇ……七回昇る前に見に行ったら、たぶん全部ご破算になるんじゃないかねぇ」
忠史は思わず息をのんだ。
確かにその通りだった。
自分は何も考えずに、呑気に明日また見に行こうとしていた。
「あ、あぶなかったーーー」
忠史は額に手を当てて苦笑した。
「普通に見に行こうと思ってました」
その言葉に、部屋の中で小さな笑いが起きた。
由紀も環も笑い、樹は「行っちゃダメなんだね」とにこにこしている。
重く張りつめていた空気が、少しだけやわらいだ。
そして誰もが心のどこかで思っていた。
七日後。
その山で本当に何かが生まれるのだろうか、と。




