(5-33)まひこ
渉がさらに静かに問いかけた。
「この玉を、お父様が託されたということなんですね?」
「えっと……そうなんです」
忠史はうなずいた。
「詳しい経緯は僕もほとんど知らないんですが……父が昔『これはもらったんじゃない、託されたんだ』って言っていたそうです」
母・浩子から聞いた言葉を思い返しながら続ける。
「それで、その玉はもともと隠岐の島にあったようなんです」
「そう! 大きいの島!」
樹が勢いよく身を乗り出した。
「なるほど……」
ハジメが腕を組んで考え込む。
「つまり……もともと隠岐の島に奥袴狭と同じような村が存在していた。そして、土地の開発なのか限界集落なのか、あるいは別の理由なのかはわかりませんがその村は消え……村そのものが玉のような形になった」
さらに続ける。
「そして、その玉が何らかのご縁で遠藤さんのお父さんの手元へ渡った、ということなんでしょうね……」
部屋の空気が少しだけ張りつめる。
普通なら本気で信じられるような話しでは到底なかった。だが、今ここに集まっている者たちは、それぞれが常識では説明できない出来事をよくよく経験している。
だからこそ、その仮説を笑うことができなかった。
ヒサ子がゆっくりとうなずく。
「うんうん……なるほどねぇ……そういうことは、あるかもしれないねぇ」
その言葉には、不思議と重みがあった。
忠史も、自分では信じがたい話だと思いながら、結局はハジメの仮説に納得するしかなかった。
「それで、その玉を持って山へ向かった、ということですね?」
渉が続きを促す。
「あ、はい。最終的に樹が『真庭』って言ってるって教えてくれて……真庭市の売地を見に行ったんです」
忠史は真庭での出来事を一つずつ語り始めた。
林道へ入り、山の奥まで進んだこと。
樹が場所を特定したこと。
そして、そこにあった巨石の前で黒い玉を地面へ置いたこと。
「そう! そしたらね、玉がグワーッて!」
樹がまた身を乗り出した。
「ずぼーって中に入っていくんだよ!」
両手を大きく動かしながら説明する。
「土の中へ?」
ハジメが目を見開く。
「ええ」
忠史はうなずいた。
「こっちは本当に置いただけなんです。でも、土が自然に玉を迎え入れているような感じで……穴が開くわけでもなく、崩れるわけでもなく、本当にゆっくりと土の中へ沈んでいったんです」
そこまで話すと、忠史は一度息を吸った。
そして、胸の奥にずっと残っていた疑問を一気に言葉にした。
「それで……玉が完全に埋まって見えなくなった瞬間、僕は光に包まれました」
「世界中が光になって……その中で『まひこ』『まひこ』『まひこ』……『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』……たくさんの人の声が合唱みたいに重なって聞こえてきたんです」
部屋の誰も言葉を挟まない。
忠史は続けた。
「でも、その光も声も樹にはまったくわからなかったようで、僕だけが体験して……それから、ずっと気になっていることがあります」
忠史は渉を見つめた。
「僕には『まひこ』って聞こえるんです。『まひと』じゃなくて『まひこ』」
「初詣に行った時も、神社の宮司さんが僕に向かって『まひこ様』って言ったんです」
「道の駅でも、おばあさんが『まひこ様』って……」
「どうして『まひと』じゃなくて『まひこ』なんですか?」
その問いを最後に、忠史はようやく口を閉じた。
静寂が落ちる。
誰もすぐには答えなかった。
やがて、渉が静かに口を開いた。
「私も、遠藤さんも……」
一拍置く。
「『まひこ』です」
忠史は息をのんだ。
渉は穏やかな表情のまま続ける。
「私は普段『真人』と呼ばれています。でも、それは後の時代に変化した呼び名です。本来の呼び名は『まひこ』なんです」
その一言で、神社の宮司の姿も、道の駅で手を合わせていたおばあさんの姿も、真庭の山で響いた無数の声も、一本の糸でつながったような気がした。




