↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
165/196

(5-33)まひこ

 渉がさらに静かに問いかけた。


「この玉を、お父様が託されたということなんですね?」


「えっと……そうなんです」


 忠史はうなずいた。


「詳しい経緯は僕もほとんど知らないんですが……父が昔『これはもらったんじゃない、託されたんだ』って言っていたそうです」


 母・浩子から聞いた言葉を思い返しながら続ける。


「それで、その玉はもともと隠岐の島にあったようなんです」


「そう! 大きいの島!」


 樹が勢いよく身を乗り出した。


「なるほど……」


 ハジメが腕を組んで考え込む。


「つまり……もともと隠岐の島に奥袴狭と同じような村が存在していた。そして、土地の開発なのか限界集落なのか、あるいは別の理由なのかはわかりませんがその村は消え……村そのものが玉のような形になった」


 さらに続ける。


「そして、その玉が何らかのご縁で遠藤さんのお父さんの手元へ渡った、ということなんでしょうね……」


 部屋の空気が少しだけ張りつめる。

 普通なら本気で信じられるような話しでは到底なかった。だが、今ここに集まっている者たちは、それぞれが常識では説明できない出来事をよくよく経験している。

 だからこそ、その仮説を笑うことができなかった。


 ヒサ子がゆっくりとうなずく。


「うんうん……なるほどねぇ……そういうことは、あるかもしれないねぇ」


 その言葉には、不思議と重みがあった。

 忠史も、自分では信じがたい話だと思いながら、結局はハジメの仮説に納得するしかなかった。


「それで、その玉を持って山へ向かった、ということですね?」


 渉が続きを促す。


「あ、はい。最終的に樹が『真庭(まにわ)』って言ってるって教えてくれて……真庭市の売地を見に行ったんです」


 忠史は真庭での出来事を一つずつ語り始めた。

 林道へ入り、山の奥まで進んだこと。

 樹が場所を特定したこと。

 そして、そこにあった巨石の前で黒い玉を地面へ置いたこと。


「そう! そしたらね、玉がグワーッて!」


 樹がまた身を乗り出した。


「ずぼーって中に入っていくんだよ!」


 両手を大きく動かしながら説明する。


「土の中へ?」


 ハジメが目を見開く。


「ええ」


 忠史はうなずいた。


「こっちは本当に置いただけなんです。でも、土が自然に玉を迎え入れているような感じで……穴が開くわけでもなく、崩れるわけでもなく、本当にゆっくりと土の中へ沈んでいったんです」


 そこまで話すと、忠史は一度息を吸った。

 そして、胸の奥にずっと残っていた疑問を一気に言葉にした。


「それで……玉が完全に埋まって見えなくなった瞬間、僕は光に包まれました」


「世界中が光になって……その中で『まひこ』『まひこ』『まひこ』……『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』……たくさんの人の声が合唱みたいに重なって聞こえてきたんです」


 部屋の誰も言葉を挟まない。

 忠史は続けた。


「でも、その光も声も樹にはまったくわからなかったようで、僕だけが体験して……それから、ずっと気になっていることがあります」


 忠史は渉を見つめた。


「僕には『まひこ』って聞こえるんです。『まひと』じゃなくて『まひこ』」

「初詣に行った時も、神社の宮司さんが僕に向かって『まひこ様』って言ったんです」

「道の駅でも、おばあさんが『まひこ様』って……」

「どうして『まひと』じゃなくて『まひこ』なんですか?」


 その問いを最後に、忠史はようやく口を閉じた。

 静寂が落ちる。

 誰もすぐには答えなかった。

 やがて、渉が静かに口を開いた。


「私も、遠藤さんも……」


 一拍置く。


「『まひこ』です」


 忠史は息をのんだ。

 渉は穏やかな表情のまま続ける。


「私は普段『真人(まひと)』と呼ばれています。でも、それは後の時代に変化した呼び名です。本来の呼び名は『まひこ』なんです」


 その一言で、神社の宮司の姿も、道の駅で手を合わせていたおばあさんの姿も、真庭の山で響いた無数の声も、一本の糸でつながったような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。