(5-32)スノードーム
各自がソファや椅子に腰を下ろした。
中村家のリビングは決して広くはないが、不思議と人が集まると窮屈さを感じさせなかった。
由紀がお茶を配り、湯気が静かに立ちのぼる。
誰も急かさない。だが全員が忠史の口から語られる「山で起きたこと」を待っていた。
忠史は一度深く息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「えっと……今日、樹と山に行ってきて、本当にすごいことが起きたんですが……」
そこで少し言葉を選ぶ。
「その前に、黒い玉の話を聞いてください」
「黒い玉?」
ハジメが首をかしげる。
「はい。それは父の遺品というか……昔から実家にあったものなんです」
忠史は一つずつ、できるだけ順を追って話した。
年末に帰省したこと。
その玉が夜になると、奥袴狭の夜のように淡い緑色の光を放ったこと。
その光の中で、自分が初めて能力を発現させたこと。
玉は父が「三縁」という人物から託されたものだったこと。
樹がその玉を見て「村がぎゅっと小さくなったみたい」と言ったこと。
そして、山へ向かう時に樹が「その玉を持って行かないといけない」と言ったこと。
話し終えると、部屋の中に静かな沈黙が流れた。
誰もすぐには言葉を発しなかった。
その沈黙を破ったのは渉だった。
「その玉はどんな玉ですか? 心の中で思い浮かべてみてください」
「え? あ、はい」
忠史は目を閉じた。
和箪笥の上に置かれていた黒い玉。
ソフトボールほどの大きさ。
その姿をできるだけ鮮明に思い描く。
渉は静かに忠史へ意識を向けた。
数秒後、小さくうなずく。
「なるほど……黒水晶の玉という感じですね」
「そうなんです。黒水晶か黒曜石の玉か……そんな風に思っていました」
渉は続けて樹へ目を向けた。
「樹も思い浮かべて」
「うん」
樹は素直に目を閉じる。
渉は今度は樹に意識を向ける。
そしてすぐに、少し驚いたような表情になった。
「あ……なるほど、全然違いますね」
「え? 違うんですか?」
忠史が身を乗り出す。
「ええ」
渉は静かにうなずいた。
「たぶん、遠藤さんと樹では見え方がまったく違っていたんでしょう。樹には最初から小さな村のように見えていたようです」
「小さな村……」
忠史は樹を見る。
「そうそう」
樹は当たり前のようにうなずいた。
渉は少し考えるように視線を上げた。
「たしか、そういうおもちゃがありますよね。透明な球の中に家や木が入っていて、揺らすと雪が舞うような……」
「あ、スノードームですか?」
由紀がすぐに反応した。
「ありますあります」
由紀は立ち上がると「たしかどこかに……」と言いながら奥の棚を探しに行った。
しばらくして、小さなガラスの球を持って戻ってくる。
「これです」
テーブルの中央に置かれたそれは、クリスマスでよく見かけるスノードームだった。
ガラスの球の中に、小さな教会と木々があり、揺らすと白い雪がふわりと舞う。
「これ! 忠史くんのとこの玉、これに似てた」
樹がすぐに指をさした。
「雪は降ってなかったけど」
忠史はそのスノードームを手に取り、じっと見つめた。
ガラス越しに、小さな世界が閉じ込められている。
家があり、木があり、道があり、空間そのものが球の中に収まっている。
(樹には……あの玉がこんなふうに見えていたのか……)
それは忠史にはまったく存在しなかった感覚だった。
同じ玉を見ていたはずなのに、見えていた世界はまるで違っていた。
その事実だけで、黒い玉の正体はさらに深い謎へと姿を変えていった。




