(5-29)みんなすごい!
「えっと……あれ……? さっき……」
戸惑いながら辺りを見回す。
声が震える。
「すごい光だったよね?」
樹はきょとんとした。
「え? 何が? どこか光ったの?」
忠史は言葉を失う。
「え……見てないの?」
「え、どこ?」
樹は周囲をきょろきょろと見回し、そして向き直る。
「光はわかんないけど……忠史くん、さっきから呼んでるのに全然こっち見てくれないし、急に泣き出すし……」
「あ……そうなのか……えっと、ごめんごめん」
忠史はようやく現実を理解し始めた。
少なくとも数分以上は光の中に居たように感じていたが、樹の態度からするとほんの数秒だったのだろう。
そして。
樹には見えていない。
聞こえてもいない。
あの光も。
あの無数の声も。
忠史だけが体験したものだった。
(なんで……?)
樹の方がずっと敏感なはずだ。
根の声を聞き、玉の声を聞き、山の気配を感じることができる。
そんな樹に何も起こらず、自分だけがあの空間へ招かれた?
あれは僕にしか見えなかった。
僕にしか聞こえなかった。
それが、僕の役目だから――。
そんな考えが胸の奥に静かに沈んでいく。
「ねぇ、忠史くん見て」
樹が声を弾ませた。
岩の横に立つ一本の木の根元を見つめている。
忠史も視線を向けた。
「すごいね」
最初は何のことかよくわからなかった。
ずっ……。
ほんのわずか。
木の幹が岩から離れたように見えた。
「え……?」
忠史は目を凝らす。
ずずっ……。
数分で数センチほどだろうか。
ゆっくりと、しかし確実に木が岩から距離を取っている。
いや。
離れているというより――。
(スペースを……空けてる……?)
「すごいよね! みんなすごい!」
樹は目を輝かせている。
忠史は周囲を見回した。
一本だけではない。
少し離れた木も。
さらにその向こうの木も。
目を凝らせば、どの木もほんのわずかずつ位置を変え、巨石の周囲に空間を生み出そうとしているように見えた。
山全体がうずうずしているようだった。
「え……これって……」
言葉が続かない。
樹は再び地面へしゃがみ込み、木の根元へ耳を当てていた。
「うん……うん……そうなの? うん、わかった」
しばらく聞いていたあと、顔を上げた。
「え? 何だって?」
忠史が近づく。
樹はにこにこしながら答えた。
「お日様が七回昇ったらまたおいで、だって」
「お日様が七回……」
忠史は空を見上げた。
七日後。
一週間後。
この場所は、その頃にはどうなっているのだろう。
何が生まれようとしているのだろう。
胸の奥で何かが静かに震えた。
さっきまでの光とは違う。
それは、未来への期待だった。




