(5-28)光
やがて最後の一部分まで沈み込み、黒い玉は完全に姿を消した。
するとその瞬間、忠史の全身は大きな光に包み込まれた。
世界の輪郭が消えた。
木々も。
岩も。
空も。
山も。
自分の身体さえも、すべてが光になっていた。
そして、その光の中で無数の声が響き始める。
(まひこ……まひこ……まひこ……)
どこからともなく。
四方八方から。
いや、自分の内側からも。
同じ呼び名が幾重にも重なっていく。
続いて別の声。
(ありがとう……ありがとう……ありがとう……)
とても不思議な声だった。
それは一人の声ではなさそうだったが、男性とも女性ともいえない聞いたことのないような声。声というより音に近いだろうか。
数え切れないほどの声が重なり合い、呼び名と感謝の言葉が合唱のような輪唱のような一つの響きとなって共鳴していく。
(まひこ)
(ありがとう)
(まひこ)
(ありがとう)
光はますます強くなった。
しかし、不思議と眩しくはない。
熱くもない。
ただ、あたたかい。
春の日だまりのような。
母に抱かれていた幼い頃のような。
言葉では言い表せない深い安らぎが、忠史の全身を包み込んでいく。
胸の奥にあった不安も、迷いも、孤独も、ゆっくりと溶けていく。
涙が頬を伝っていることにさえ気づかなかった。
(ありがとう……)
その声は途切れることなく、いつまでも、いつまでも、光の中で響き続けていた。
どれほどの時間が経ったのだろう。
忠史は、ただその光の中にいた。
あたたかく、やわらかく、どこまでも穏やかな世界。
そして、幾重にも重なる声。
言葉というより音楽のようなその響きに身を委ねていた。
その時だった。
くいっ。
誰かが袖を引っ張った。
もう一度。
くいっ。
光がゆっくりと遠ざかっていく。
眩さで満ちていた世界に木々の輪郭が戻り、岩が現れ、山の空気が肌へ触れ始める。
「……くん」
遠くから声が聞こえた。
「忠史くんってば」
その声で、忠史の意識は現実へと引き戻された。
目の前には樹が立っていた。
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
樹は不思議そうな顔をしている。
「えっ……」
忠史は自分の頬へ手を当てた。
指先に涙を感じる。
自分が泣いていたことにすら気づいていなかった。




