(5-27)役目
その巨石は、鬱蒼とした木々の中にぽつんとひとつだけ置かれていた。
周囲には同じような岩はなく、まるで誰かがそこへ運んできたかのように不自然なほど孤立している。苔が一面に張りつき、長い年月をこの場所で過ごしてきたことだけはひと目でわかった。
「ここがおうちって……どういうこと?」
忠史は息を整えながら樹の隣へ立った。
樹は巨石から目を離さず、当たり前のように答えた。
「たぶん、ここが村になるんじゃない?」
「え? ここが……村?」
忠史は思わず聞き返した。
樹はこくりとうなずく。
「うん」
忠史には何がどうなっているのかまったく理解できなかった。
ここはただの山の中だ。
道もない。
家もない。
人の気配もない。
そんな場所が村になるなど想像すらできない。
「ここからは忠史くんの役目だよ」
樹はそう言うと、黒い玉を両手で抱えそっと忠史へ差し出した。
忠史は戸惑いながら玉を受け取った。
ずしりと掌に重みがのしかかる。
冷たい。しかしその奥にはどこか生き物の体温のようなものも感じる。
ただ、何をすればいいのかまったくわからない。
ただただ立ち尽くすしかなかった。
その時だった。
(戻して……)
かすかな声。
(還して……)
忠史は息をのんだ。
確かに黒い玉から聞こえてくる。
(ここに……還して……)
「還してって……」
忠史は玉を見つめた。
誰かが還してほしいと言っている?
いや、玉そのものの意思のようだった。
「ここに……」
小さくつぶやきながら、忠史はゆっくりとしゃがみ込んだ。
そして、巨石の前の地面へ黒い玉をそっと置いた。
静寂。
何も起こらない。
鳥の声も聞こえない。
山全体が息を止めているようだった。
数分、いやもっと長かったかもしれない。
ずり……。
かすかな音がした。
「え?」
忠史は目を凝らす。
玉がほんのわずかに沈んでいた。
土の上へ置いたはずなのに、重みで沈んだというより土が玉を受け入れているような沈み方だった。
ずりり……。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
黒い玉は地面へ吸い込まれていく。
「わぁ……すごいね」
樹が目を輝かせる。
忠史は何も言えなかった。
ただ見つめることしかできない。
ずずず……。
玉は半分ほど土へ埋まり、さらに沈む。
周囲の土は崩れない。
穴も開かない。
ただ玉だけが、何かに迎え入れられるように地面の中へ入っていった。




