(5-25)あっちだ!
浩子は少しだけ考え、小さく息を吐いた。
「……ま、いいか」
別に立入禁止というわけではない。
車通りもほとんどない。
もし私有地だったとしても、事情を話して謝れば済む話だろう。
そう自分に言い聞かせるようにハンドルを切る。
車はゆっくりと林道へ入っていった。
舗装は次第に荒れ始め、小石を踏む音が車内へ伝わる。
左右には杉や檜が立ち並び、昼間にもかかわらず木漏れ日は少ない。
十分ほど進んだところで再び樹が声を上げた。
「車止めて」
浩子は道路脇の少し広くなった場所へ車を寄せエンジンを切った。
途端に、山の静けさが車内へ流れ込んでくる。遠くで鳥が鳴き、風が梢を揺らす音だけが聞こえていた。
四人は車を降りる。
林道はさらに奥へ続いていたが、その両側には人が歩けそうな斜面が広がっている。
「そもそもの売地って、この辺なの?」
忠史が尋ねる。
浩子はスマートフォンの地図を見つめながら首をかしげた。
「そうねぇ……ピンポイントでここかどうかまではわからないの。もう少し奥かもしれないし、この辺一帯なのかもしれないし……」
その言葉を聞き終える前に、樹は忠史を見上げた。
「忠史くん、あの玉見せて」
「あ、うん」
忠史は巾着を開き、黒い玉をそっと取り出す。
冬の日差しを受けた玉は、相変わらず黒く静かに光を吸い込んでいた。
樹はそれを両手で受け取ると、大事そうに胸に抱いてそのまま山の中へ一歩踏み入れる。
落ち葉がかさりと乾いた音を立てた。
さらに二、三歩進むと、樹は突然その場へしゃがみ込み、何のためらいもなく地面へうつ伏せになった。
頬を落ち葉に寄せ、耳を大地へぴたりと当てる。
誰も声をかけなかった。
この子にはこの子にしか聞こえないものがある。忠史はそれをよく知っている。浩子と美樹はまだ少し半信半疑だったものの、何も言わずに樹の様子を見つめていた。
山は静まり返っていた。
風さえ止まったような不思議な静寂。
数十秒だったのか。
それとも数分だったのか。
時間の感覚が曖昧になった頃――、樹が勢いよく顔を上げた。
「あっちだ!」
その瞳は何かを見つけた子どものように輝いていた。
黒い玉をしっかり抱えたまま立ち上がると、迷いなく山の奥へ向かって駆け出していく。
「樹!」
忠史が慌てて後を追う。
浩子と美樹も顔を見合わせ小走りでその背中を追いかけた。
まるで山そのものが、小さな案内人を呼んでいるかのようだった。




