(5-21)お庭?
浩子は笑ってうなずいた。
「そうね、思ってたほど山奥って感じでもないし。次に行ってみましょう」
全員が再び車へ乗り込む。
ドアが閉まり、静かな車内へ戻る。
先ほど話題にあがった「みよりさん」については、いま考えても何か答えが出るわけではないこともあり、気にはなるもののそれ以上は誰も口にしなかった。
浩子はナビを操作し始めた。
「えっと……次は……」
画面を見ながら指を動かす。
その時だった。
後部座席から樹の声が響く。
「あっ! なんか聞こえる!」
みんなが一斉に振り返る。
「え?」
忠史が身を乗り出す。
樹は黒い玉へ耳を寄せたまま、小さくうなずいていた。
「えっ、なに……」
首をかしげる。
「うん……」
しばらく聞き取ろうとしてから不思議そうな顔になった。
「お庭? え? あ庭?」
何度か復唱しているうちに、樹は困ったように笑った。
「お庭のことかなぁ……でも、お庭って言えないのかな? あ庭、あ庭って言ってる」
車内が静まり返る。
お庭?
庭?
忠史は考える。
(自分の庭……庭みたいな場所ってこと?)
意味がまったくわからない。
忠史が静かに言った。
「樹、ちょっと玉貸して」
「うん」
黒い玉を受け取り、忠史も目を閉じて意識を向ける。
その時だった。
運転席でナビを見ていた浩子が小さくつぶやいた。
「あ庭って……」
少し考え込み、そして顔を上げる。
「もしかして……真庭のことかしら?」
「え?」
「真庭市よ。『まにわ』って言いたかったんじゃないかしら」
忠史は思わずまだ未設定のナビの画面を見る。
「真庭市? 今日行く予定の中にあるの?」
「うん。あるにはあるんだけど、二時間くらいかかるから最後に時間があれば寄ろうかな、くらいに考えてた場所」
その瞬間だった。
黒い玉へ向けていた意識の奥から小さな声が響く。
(……まにわ)
今度ははっきり聞こえた。
「……真庭」
忠史はゆっくり目を開ける。
「お母さん、真庭市だ」
そして迷いなく続けた。
「そこへ行こう」
浩子はナビの画面を開き、先ほどまで目的地に設定していた山林を解除して代わりに「真庭市」と入力する。候補の中から目的地を選び案内を開始すると、電子音とともに新しいルートが表示された。
「よし」
小さくうなずいてエンジンをかける。
「じゃあ、行こうか」
車はゆっくりと走り出した。




