(5-20)ここじゃない
やがて車は、最初の目的地付近へと到着した。
市街地を離れて内陸へ入ったことで周囲には山が増えてきていた。とはいえ、山深いという印象ではない。道路沿いにはコンビニや資材置き場、小さな工場のような建物も点在し、車の往来もそれなりにある。
どこか人の暮らしの気配が残る、ごく普通の田舎の風景だった。
「たぶん、この右側の山なのよね」
浩子が速度を落としながら言う。
広めの路肩を見つけると、ゆっくり車を停めた。
全員が車を降りる。冷たい冬の空気が頬を撫でた。
見上げれば山は確かにそこにある。
しかし、昨日見に行った場所と同じように、道路と山との間にはガードレールが続き、簡単に入っていけそうな場所は見当たらない。
「うーん……写真では良さそうに見えたんだけどね」
浩子が辺りを見回す。
忠史は隣に立つ樹を見た。
「樹、何か感じる?」
声を掛けると、樹は素直にうなずきガードレールへ歩み寄る。
両手を鉄の柵へ添え、その向こうの山をじっと見つめた。
風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
「うーん……」
樹は首を少しかしげた。
やがて忠史を振り返る。
「忠史くん、あの玉見せて」
「あ、うん」
忠史は肩から提げていた巾着を開き、黒い玉を取り出した。
ずしりとした重みが掌へ伝わる。
それを樹へ手渡す。
樹は両手で大切そうに受け取ると、胸の高さまで持ち上げた。
「ここ?」
玉へ話しかける。
「ここで合ってる?」
まるで誰かの返事を待つように耳を澄ませる。
忠史は何も言わず、その様子を見守っていた。
一方、浩子と美樹は「あっち、ガードレール切れてないかな」「入れそうなところ探してみよう」などと言いながら、二人で道路脇を見ながらゆっくり歩いていった。
しばらく玉を見つめていた樹だったが、少し困ったような顔で振り返った。
「……何も聞こえないね」
黒い玉を見つめながら続ける。
「何にも言わない」
忠史は玉を見た。
何も聞こえないということは――、ここではない、ということなのだろうか。
ちょうどその時、浩子たちも戻ってきた。
浩子は肩をすくめる。
「だめね。山へ入れそうな場所が全然ないわ。こんなふうに道路から見上げるだけじゃ、どうもピンとこないのよね」
美樹もうなずいた。
「なんか『ここ!』って感じがしないね」
すると樹が黒い玉を抱えたまま言った。
「おばちゃん、ここじゃないよ。何にも聞こえないもん」
その一言で浩子も吹っ切れたようだった。




