(5-12)タクシー?
忠史は思わず樹の顔を見つめた。
「え?」
そして、ゆっくりと黒い玉へ視線を移す。
「僕の村って……奥袴狭のこと?」
樹は何の迷いもなく大きくうなずいた。
「うん、一緒」
そして、玉を両手で抱えたまま少し考えるように首をかしげ、それから両手をぎゅっと寄せた。
「村がぎゅーって小さくなったみたい」
その表現はあまりにも素直で、あまりにも突飛だった。
忠史は言葉を失う。
(村が……小さくなった???)
目の前にあるのは、子どもの頃から見慣れている黒い玉だ。父・忠明が大切そうに扱っていたことは覚えているけれど、それ以上の意味を考えたことは一度もなかった。
ただの黒い玉。
少し重くてきれいな玉。
もしかしたら高価なのかもしれない。
忠史にとってはその程度の存在だった。
だが昨夜。
そして、その前の晩も。
この玉は淡い緑色の光を放ち、部屋全体をやさしく包み込んだ。
その光の中で自分は能力を発現させた。それは紛れもない事実だった。だから、この玉が普通のものではないことはもう疑いようがない。
それでも。
(村が圧縮されているみたい……なんて)
あまりにも現実離れしていて、すぐには受け入れられなかった。
忠史だけではない。浩子も美樹も、樹と忠史のやり取りをただ茫然と見つめているしかなかった。
静かな時間が流れる。
やがて、樹は玉から目を離さず小さく尋ねた。
「これ、どうしたの?」
少し間を置いて続ける。
「どこにあったの?」
「ああ、これはお父さんが大事にしていたもので……」
忠史が答えようとしたら、浩子が言葉を引き継ぐ。
「そう。その玉はね、お父さんも誰かからもらったみたいで……」
少し記憶をたどるように目を細める。
その瞬間だった。
「あっ!」
樹が突然声を上げた。
「え?」
再び三人が一斉に樹を見る。
樹は何かに気付いたような顔で、黒い玉を胸の高さまで持ち上げた。
「何か聞こえる」
その声は、さっきまでとは違っていた。
部屋の空気が、一瞬にして張り詰める。
樹はそっと玉へ耳を近づけた。
誰も動かない。
誰も口を開かない。
時計の秒針だけが、静かな部屋に小さく響いている。
しばらくして、樹が不思議そうに眉を寄せた。
「……タクシー?」
ぽつりとつぶやく。
「え?」
忠史が聞き返す。
樹は首をかしげながら、もう一度耳を澄ませた。
「えっと……タクシーがよかった……」
何かを聞き取ろうとするように目を閉じる。
「タクシーでよかった……とか言ってる」
「あっ!」
美樹が思わず声を上げた。
勢いよく浩子を見る。
「お母さん!」
浩子もはっと顔を上げる。
「あの電話!」
興奮したように続ける。
「ほら、夏にかかってきた電話!『託してよかった』って聞こえたやつ!」
その言葉を聞いた瞬間、浩子の表情が固まった。
忠明とのやりとりが頭の中に甦る。
――託されたんだ
――俺にもよくわからんけどな
確かにそう言っていた。
忠明の言葉と、美樹が聞いた電話の声と、今、樹が聞き取った言葉が頭の中で重なっていく。
浩子は黒い玉を見つめたまま何も言えなかった。
言葉にできないほどの驚きが、静かに胸の中へ広がっていた。




