表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
144/160

(5-12)タクシー?

 忠史は思わず樹の顔を見つめた。


「え?」


 そして、ゆっくりと黒い玉へ視線を移す。


「僕の村って……奥袴狭のこと?」


 樹は何の迷いもなく大きくうなずいた。


「うん、一緒」


 そして、玉を両手で抱えたまま少し考えるように首をかしげ、それから両手をぎゅっと寄せた。


「村がぎゅーって小さくなったみたい」


 その表現はあまりにも素直で、あまりにも突飛(とっぴ)だった。

 忠史は言葉を失う。


(村が……小さくなった???)


 目の前にあるのは、子どもの頃から見慣れている黒い玉だ。父・忠明が大切そうに扱っていたことは覚えているけれど、それ以上の意味を考えたことは一度もなかった。


 ただの黒い玉。

 少し重くてきれいな玉。

 もしかしたら高価なのかもしれない。


 忠史にとってはその程度の存在だった。


 だが昨夜。

 そして、その前の晩も。

 この玉は淡い緑色の光を放ち、部屋全体をやさしく包み込んだ。

 その光の中で自分は能力を発現させた。それは紛れもない事実だった。だから、この玉が普通のものではないことはもう疑いようがない。


 それでも。


(村が圧縮されているみたい……なんて)


 あまりにも現実離れしていて、すぐには受け入れられなかった。

 忠史だけではない。浩子も美樹も、樹と忠史のやり取りをただ茫然と見つめているしかなかった。


 静かな時間が流れる。

 やがて、樹は玉から目を離さず小さく尋ねた。


「これ、どうしたの?」


 少し間を置いて続ける。


「どこにあったの?」


「ああ、これはお父さんが大事にしていたもので……」


 忠史が答えようとしたら、浩子が言葉を引き継ぐ。


「そう。その玉はね、お父さんも誰かからもらったみたいで……」


 少し記憶をたどるように目を細める。

 その瞬間だった。


「あっ!」


 樹が突然声を上げた。


「え?」


 再び三人が一斉に樹を見る。

 樹は何かに気付いたような顔で、黒い玉を胸の高さまで持ち上げた。


「何か聞こえる」


 その声は、さっきまでとは違っていた。

 部屋の空気が、一瞬にして張り詰める。

 樹はそっと玉へ耳を近づけた。


 誰も動かない。

 誰も口を開かない。

 時計の秒針だけが、静かな部屋に小さく響いている。


 しばらくして、樹が不思議そうに眉を寄せた。


「……タクシー?」


 ぽつりとつぶやく。


「え?」


 忠史が聞き返す。

 樹は首をかしげながら、もう一度耳を澄ませた。


「えっと……タクシーがよかった……」


 何かを聞き取ろうとするように目を閉じる。


「タクシーでよかった……とか言ってる」


「あっ!」


 美樹が思わず声を上げた。

 勢いよく浩子を見る。


「お母さん!」


 浩子もはっと顔を上げる。


「あの電話!」


 興奮したように続ける。


「ほら、夏にかかってきた電話!『託してよかった』って聞こえたやつ!」


 その言葉を聞いた瞬間、浩子の表情が固まった。

 忠明とのやりとりが頭の中に甦る。


 ――託されたんだ

 ――俺にもよくわからんけどな


 確かにそう言っていた。


 忠明の言葉と、美樹が聞いた電話の声と、今、樹が聞き取った言葉が頭の中で重なっていく。

 浩子は黒い玉を見つめたまま何も言えなかった。

 言葉にできないほどの驚きが、静かに胸の中へ広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ