(5-10)中村樹
やがて浩子が遠慮がちに尋ねる。
「えっと……お友達は遅れて来るの?」
すると樹が、コップを持ったまま不思議そうな顔をした。
「ぼく、忠史くんの友達だよ」
「……え?」
浩子が固まる。
美樹も目をぱちぱちさせた。
忠史は苦笑しながら頭をかく。
「あ、えっと……山に詳しい友人っていうのは樹なんだ」
少し照れくさそうに言った。
「えっ?」
浩子は思わず樹を見る。
そしてもう一度忠史を見る。
「あ……ああ、そうなのね」
何とか笑顔を作る。
「そう。樹くん、山に詳しいんだ」
「うん!」
樹は元気よくうなずいた。
「山、大好き!」
その無邪気な笑顔に、浩子も少し肩の力が抜ける。
忠史は姿勢を正した。
「でね、ちょっと話を聞いてほしいんだ」
真面目な表情になる。
居間の空気が少し変わる。
忠史は静かに話し始めた。
昨年、出石のキャンプ場から一人で山へ入ったこと。
山中をさまよい遭難しかけたこと。
そして山奥で偶然、樹と出会ったこと。
樹は山奥の小さな村で暮らしていて、山のことなら誰よりも詳しいこと。
浩子も美樹も途中で口を挟まず静かに耳を傾けていた。
忠史は一呼吸置いて続ける。
「そして……」
少しだけ言いにくそうに笑う。
「信じられないかもしれないけど、樹には不思議な力があるんだ」
浩子も美樹も思わず身構えた。
「植物と話ができるんだ」
すると樹がすぐに首を横に振る。
「違うよ、根っこだよ」
真剣な顔で訂正する。
そして床を指差した。
「立ってたらあんまり聞こえないけど、寝転がるとよく聞こえるの」
自分も床に寝転がる真似をする。
「あ、うん。そうだったね。根っこだった」
忠史は素直に訂正した。
居間は静まり返った。
浩子も美樹もすぐには何も言えない。
新年早々、忠史がこんな冗談を言うとは思えない。それに、山奥で育った子どもなら自然と向き合う中で独特の感性を持っていても不思議ではない気もする。
信じるべきか、それとも子どもらしい想像力なのか。
さまざまな考えが頭の中を巡っていく。
しばらくして浩子は小さく笑みを浮かべた。
「そう……そうなのね」
まだ戸惑いは残っていた。それでも樹の屈託のない笑顔を見ていると不思議と警戒する気にはなれない。
「まあ、少なくとも私たちよりは山に詳しそうね」
浩子は何とか笑顔でそう口にした。




