表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
135/138

(5-3)今から

 そしてヒサ子は静かに口を開いた。


「じゃ、もう遅いから私たちもそろそろ寝ようかね」


「あ、そうですね。ははは。いやぁ、ありがとうございました。やっぱりここで迎える新年は特別です」


 本橋は笑顔を作り、少しだけ声を張ってそう言った。長居してしまったことへの申し訳なさを、明るさで隠そうとしているのが見え見えだった。

 環が小さく笑う。


「本橋先生、まだ全然帰る気なかったですけどね」


 部屋にまた小さな笑いが広がる。


 そんな空気のまま、四人は立ち上がった。

 湯呑みを重ね、残った皿を台所へ運び、囲炉裏の火を少し落とす。賑やかだった年越しの余韻が少しずつ静かな夜へ戻り始めていた。


 その時だった。


「あっ!」


 突然、渉が声を上げた。

 ヒサ子、環、本橋、三人がいっせいに動きを止める。

 空気が変わった。


「ん? 渉くん、どうした?」


 本橋が訊く。

 渉は答えず、何かを感じ取るようにじっと一点を見ていた。

 そして、ゆっくりと言った。


「遠藤さん……発現しました」


「えっ!?」


 三人の声が重なる。


「遠藤くん……えっ!? 今!?」


 本橋はそこまで言ったきり言葉を失った。

 あまりにも突然だった。


 渉は静かに目を閉じる。

 呼吸がゆっくりになる。

 まるで遠くの音に耳を澄ませるように、忠史の方へ意識を集中させていた。


 三人は固唾を呑んでその様子を見守る。

 囲炉裏の火が小さく揺れた。

 しばらくして、渉の意識の奥にかすかな反応が触れた。


(遠藤さん、聞こえますか?)


 さらに集中する。


(遠藤さん。渉です。聞こえますか?)


 わずかな沈黙。

 だが次の瞬間、驚きと興奮が入り混じった声が返ってきた。


⦅あ……聞こえます。うわ……すごい。渉さんの声、聞こえます!⦆


 渉はゆっくり目を開けた。

 その表情には、珍しくはっきりした安堵が浮かんでいた。


「遠藤さんと意識が繋がりました」


 静かな声で言う。


「間違いなく発現しました」


 本橋も環もすぐには言葉が出てこない。ただ目を見開き、渉を見ることしかできなかった。

 ヒサ子だけが「うんうん」と小さくうなずいている。まるで予想していたことが、ようやく起きたというように。


 そして、再び忠史の声が届く。


⦅渉さん、ぼく、捲れました!⦆


 興奮を抑えきれていない声だった。

 渉の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。


(やりましたね。気分は大丈夫ですか?)


⦅大丈夫です⦆


 返事は早い。

 だが、その向こうにはまだ混乱と高揚が渦巻いているのが伝わってきた。


 そして。

 少し間を置いて忠史が言った。


⦅渉さん……今から行ってもいいですか?⦆


 渉は一瞬だけ目を(しばたた)かせ、それから三人を見た。


「遠藤さん、今から来たいって言ってます」


「ええっ!?」


 本橋と環の声がまた重なる。

 二人とも何と言えばいいのかわからず半ば混乱していた。だが、ヒサ子は驚いた様子もなく穏やかに言った。


「うん、おいでって伝えて」


 その声は不思議なくらい自然だった。

 渉は静かにうなずき、そして再び忠史へ意識を向けた。


(どうぞ。自宅に居ますので、以前一緒に食事をした部屋に直接来てください)


⦅はい……!⦆


 返事には緊張と高揚が入り混じっていた。

 渉は三人へ向き直る。


「遠藤さん、あっちの部屋に来ますから向こうへ行きましょう」


 そう言って四人は広い和室を出た。

 渡り廊下へ出ると、冬の空気がひやりと頬を撫でる。


 外は静まり返っていた。

 淡い光に包まれた奥袴狭の夜。

 誰も言葉を発さないまま、足音だけが廊下に小さく響く。


 そして。


 廊下の先の襖を、渉が静かに開けた。


 そこには――。


 遠藤忠史が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ