(5-3)今から
そしてヒサ子は静かに口を開いた。
「じゃ、もう遅いから私たちもそろそろ寝ようかね」
「あ、そうですね。ははは。いやぁ、ありがとうございました。やっぱりここで迎える新年は特別です」
本橋は笑顔を作り、少しだけ声を張ってそう言った。長居してしまったことへの申し訳なさを、明るさで隠そうとしているのが見え見えだった。
環が小さく笑う。
「本橋先生、まだ全然帰る気なかったですけどね」
部屋にまた小さな笑いが広がる。
そんな空気のまま、四人は立ち上がった。
湯呑みを重ね、残った皿を台所へ運び、囲炉裏の火を少し落とす。賑やかだった年越しの余韻が少しずつ静かな夜へ戻り始めていた。
その時だった。
「あっ!」
突然、渉が声を上げた。
ヒサ子、環、本橋、三人がいっせいに動きを止める。
空気が変わった。
「ん? 渉くん、どうした?」
本橋が訊く。
渉は答えず、何かを感じ取るようにじっと一点を見ていた。
そして、ゆっくりと言った。
「遠藤さん……発現しました」
「えっ!?」
三人の声が重なる。
「遠藤くん……えっ!? 今!?」
本橋はそこまで言ったきり言葉を失った。
あまりにも突然だった。
渉は静かに目を閉じる。
呼吸がゆっくりになる。
まるで遠くの音に耳を澄ませるように、忠史の方へ意識を集中させていた。
三人は固唾を呑んでその様子を見守る。
囲炉裏の火が小さく揺れた。
しばらくして、渉の意識の奥にかすかな反応が触れた。
(遠藤さん、聞こえますか?)
さらに集中する。
(遠藤さん。渉です。聞こえますか?)
わずかな沈黙。
だが次の瞬間、驚きと興奮が入り混じった声が返ってきた。
⦅あ……聞こえます。うわ……すごい。渉さんの声、聞こえます!⦆
渉はゆっくり目を開けた。
その表情には、珍しくはっきりした安堵が浮かんでいた。
「遠藤さんと意識が繋がりました」
静かな声で言う。
「間違いなく発現しました」
本橋も環もすぐには言葉が出てこない。ただ目を見開き、渉を見ることしかできなかった。
ヒサ子だけが「うんうん」と小さくうなずいている。まるで予想していたことが、ようやく起きたというように。
そして、再び忠史の声が届く。
⦅渉さん、ぼく、捲れました!⦆
興奮を抑えきれていない声だった。
渉の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
(やりましたね。気分は大丈夫ですか?)
⦅大丈夫です⦆
返事は早い。
だが、その向こうにはまだ混乱と高揚が渦巻いているのが伝わってきた。
そして。
少し間を置いて忠史が言った。
⦅渉さん……今から行ってもいいですか?⦆
渉は一瞬だけ目を瞬かせ、それから三人を見た。
「遠藤さん、今から来たいって言ってます」
「ええっ!?」
本橋と環の声がまた重なる。
二人とも何と言えばいいのかわからず半ば混乱していた。だが、ヒサ子は驚いた様子もなく穏やかに言った。
「うん、おいでって伝えて」
その声は不思議なくらい自然だった。
渉は静かにうなずき、そして再び忠史へ意識を向けた。
(どうぞ。自宅に居ますので、以前一緒に食事をした部屋に直接来てください)
⦅はい……!⦆
返事には緊張と高揚が入り混じっていた。
渉は三人へ向き直る。
「遠藤さん、あっちの部屋に来ますから向こうへ行きましょう」
そう言って四人は広い和室を出た。
渡り廊下へ出ると、冬の空気がひやりと頬を撫でる。
外は静まり返っていた。
淡い光に包まれた奥袴狭の夜。
誰も言葉を発さないまま、足音だけが廊下に小さく響く。
そして。
廊下の先の襖を、渉が静かに開けた。
そこには――。
遠藤忠史が立っていた。




