(4-34)掴めた
忠史の視線の先には箪笥の上に置かれた黒い玉があった。
昨夜、あれは確かに光った。そして、奥袴狭の夜と同じような光に部屋が包まれた。今日も同じことが起きるのか、それともただの見間違いか幻覚だったのか。
忠史はゆっくり立ち上がると部屋の電気を消した。
真っ暗になる。
窓の外からわずかに街灯の光が入るだけ。
静寂。何も起こらない。
(しばらく待ってみるか……)
そのままじっと待つ。
時計の秒針だけがやけに大きく聞こえた。
五分。
七分。
十分――。
すると。
黒い玉がふわりと淡い緑色の光を放ち始めた。
(きた!)
忠史の鼓動が一気に速くなる。
玉の光は徐々に強くなり、やがて部屋全体を優しい緑色の薄明かりが包み込んでいった。
昨晩と同じように、まるで奥袴狭の夜だった。
いや、空気の感じまで含めればほとんど同じだった。
心が静まる。
身体が温かくなる。
空気そのものが柔らかい。
忠史はゆっくり立ち上がり、そして集中する。
地面からエネルギーを吸い上げる。
身体の中心を通す。
意識を指先へ集める。
身体の感覚が研ぎ澄まされていく。
そして――。
触れた。
あの“ふわふわ”だった。
空間のどこかに存在する布のような毛布のような感覚。
忠史は慎重に意識を集中させる。
そっと。
少しだけ。
指先でそれを手繰る。
(……!)
掴めた。
確実に今までとは違う。
指先に空間そのものが引っかかっている感覚があった。
(え!? えええ!? もしかして!?)
驚いた忠史は思わず集中を解き、指先と空間を交互に見た。
呼吸が乱れ、心臓がうるさいほど鳴っていた。
つ、つかめたぞ……。
本当に?
本当に今、掴んだのか?
忠史は混乱する。
だが同時に理解していた。
ここまで来たら次にやることは一つしかない。
捲る。
壁に掛かった絵を捲るように空間を開く。
そこまであと少し。
(どうする?)
このまま捲るか?
本当に?
今?
もし成功したら?
もし失敗したら?
どこへ行く?
戻って来れるのか?
いや――。
(ヤバい……落ち着け、オレ)
忠史は大きく息を吸った。
まだ新年になって一時間ほどしか経っていない深夜。
静まり返った実家の和室で、忠史は人生を変えるかもしれない決断を迫られていた。




