(13)ヘリコプター?
翌朝。
目が覚めた瞬間、忠史は一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
見慣れない天井。
障子越しのやわらかな光。
そして思い出す。
(あ、奥袴狭だ)
なぜか体が驚くほど軽い。山をさまよった疲れが嘘のように抜けているし頭も冴えている。深く深く眠った感覚だった。
布団を上げて居間へ出ると、すでにおじいさんとおばあさんが朝食の支度をしていた。
「よく眠れましたか?」
「はい。びっくりするくらい」
囲炉裏のそばで湯気の立つ味噌汁。
焼き魚。
炊き立てのご飯。
三人で囲む静かな朝食。
「大学は何を?」
「経済学部です」
「ほう」
「気楽な学生生活を楽しんでます。将来のことはまだあまり……」
他愛もない会話が続く。どうやって帰れるのか。一番気になるはずなのにどうにもそれが口に出せない。
食後、お茶を飲みながら忠史は思い切って言った。
「あの……東京へ戻ったら、息子さんの仁さんと連絡とりあってもいいですか?」
おじいさんは目を細める。
「あぁ、よろこぶんじゃないかな。ここの話ができる人はなかなか居ないからね」
おばあさんが引き出しから紙を取り出す。
「番号書きますね」
丁寧な字で記された電話番号。
「仁には伝えておくから。中村さんにメールとかなんだとかで連絡してもらうから」
メールとかなんだとか。
その言い方が少し可笑しい。
そこへ戸がすっと開いた。
「おはようございます」
渉だった。
「あ、おはようございます」
三人が声を揃える。
渉は穏やかに忠史を見る。
「遠藤さん、今日はどうされますか? 昨日話してた遺跡を見に行きますか?」
「あ……いや、昨日はそう思ってたんですけど、もう帰らないといけない時間で……」
言いながら現実が戻ってくる。
講義。
バイト。
東京の生活。
「そうでしたか」
渉はうなずく。
「では、行きましょうか」
え?
行く?
東京に?
喉まで出かかった言葉を忠史は飲み込んだ。
そのまま奥園さんご夫婦に丁寧に挨拶をする。
「本当にお世話になりました」
「また来なさい」
「気をつけてね」
家を出ると、渉はそのままあの細い小道の方へ歩き出す。樹が「あっちにも二個ある」と言っていた方向だ。
――まさかヘリコプター?
二個って二台のことか? なるほどそれなら説明はつく。だがヘリなら爆音がするはずだ。昨日はそんな音を一切聞いていない。
忠史は小走りで追いつき声をかけた。
「あ、ちょっと待ってください。中村さんにもご挨拶したいので」
「どうぞ」
中村家の戸を叩く。
「おはようございます。昨日お世話になった遠藤です」
真っ先に飛び出してきたのは樹だった。
「おはよー」
後ろから中村夫妻も出てくる。
「ありがとうございました。もう帰らなきゃなので……」
「えー」
樹は本気で残念そうだ。
「是非また来てください」
中村が微笑む。
「あの、それで……中村さんと連絡先、交換いいですか?」
「いいですよ。是非」
そう言って中村は一度部屋に戻り名刺を持ってきた。
差し出された白いカード。
中村ハジメ
「ハジメさんなんですね」
「元気の“元”でハジメなんですけど、なかなか誰も読んでくれないのでカタカナにしてるんです」
照れたように笑う。
「ありがとうございます。連絡します」
名刺を大事に財布へしまう。
樹が小さく手を振る。
「またね」
「またな」
胸の奥が少しだけ締めつけられる。
そして、渉の待つ小道の方へ向かった。




