(12)まひと様
沈黙を埋めるようにおじいさんが続けた。
「うちは奥園と言います。みんなからは園じいと言われています」
くしゃっと笑う。
「あの……奥園さんはもともとここの人ということですか?」
ようやくまともな問いが口をついた。
「ええ。私は生まれも育ちもここです」
おじいさんはうなずく。
「家内は豊岡です。結婚してから一緒でしてな」
「最初の頃はどうなるかと思ってたけど……ここはほんとうにいいところで」
おばあさんが懐かしそうに言う。
「で……お子さんが東京で……もうお孫さんも……」
「ええ。今日一年ぶりに会ってきましたけど大きくなってました」
そう言って懐から写真を取り出す。そこには現代のどこにでもいそうな家族写真。背景には東京ドームが見える。現実感が逆に不気味だ。
「えっと……会ってきたというのは……どうやって?」
ようやく核心に触れる。
「ああ」
おじいさんはようやく忠史の疑問に気づいたように軽くうなずいた。
「まひとさまが連れて行ってくれるんです」
「……まひと様?」
声がかすれる。
「ええ。今のまひと様は渉さんです」
囲炉裏の火がぱちりと音を立てた。
「この集落はまひと様が居るからやっていけてる……そういうところです」
あまりに自然に言う。そう言われても理解が追いつかない。
おばあさんがくすりと笑う。
「びっくりしますよね。私も最初この人からそんな話を聞いたとき“何言ってるの?”って思いましたもの。でも大丈夫ですからね」
湯のみを持つ忠史の手にそっと視線を落とす。
「だんだんわかりますから」
(だんだんわかるって……)
「ところで、遠藤さんはいつまでお泊まりですか?」
唐突に話題が変わる。
――そうだ。
衝撃的な出来事の連続ですっかり忘れていたが、今日は滝の奥を少し覗いて遺跡を見て東京に帰るつもりだった。明日は大事な講義。夕方からはバイト。
「あ、いや……本当は今日帰るつもりだったんです。明日は予定があったので……」
苦笑いがこぼれる。
「でもこんなことになって……帰るに帰れないと言いますか……」
正直な気持ちだった。
するとおじいさんはまったく動じずに言った。
「そうでしたか。大丈夫ですよ。すぐ帰れますから」
すぐ?
「山の中をさまよって大変だったでしょう」
おばあさんがやさしく言う。
「お風呂わいてますから。ゆっくり入って今日はもうお休みになって」
まだまだ聞きたいことは山ほどある。
まひと様とは何か。
どうやって東京へ行くのか。
なぜ“すぐ”と言えるのか。
だが自分の頭が追いついていない。言葉がうまく出てこない。忠史はただ小さく頭を下げ「ありがとうございます」と何とか口にした。
湯気の立つ風呂に浸かる。
湯は驚くほどあたたかい。
布団に入ると体の疲れが一気に押し寄せた。




