(11)奥園家
そのとき向かいの家の玄関がすっと開いた。そこはもともと自分が使っていいと言われた部屋のある家だ。中から顔を出したのは小柄なおじいさん。その後ろにやわらかい表情のおばあさんの姿も見える。
「あ、園じいちゃん」
樹がぱっと駆け寄る。
「いっちゃん、もうごはん食べたのか?」
「うん! 今日ね、お客さんなんだよ! さっき一緒に食べた!」
無邪気に報告する樹。
忠史は少し遅れて歩み寄る。
「あ、遠藤忠史といいます。部屋、使わせていただいてます。ありがとうございます」
軽く頭を下げると、おじいさんは目を細めた。
「ほう、あんたが。よう来たなあ」
おばあさんもにこやかにうなずく。
「どうぞどうぞ。もう部屋に戻られますか? いつでも大丈夫ですよ」
やわらかい声。
中村家で夕食をごちそうになりもう少し話もしたかった。けれどあまり長居するのも悪い気がした。それに中村さんの話では、中村家以外はもともとの集落の人だという。ならばこの二人の話も聞いてみたい。
忠史は振り返る。
縁側に立つ中村夫妻。樹はまだおじいさんの腕をつかんで何か話している。
「中村さん、今日はありがとうございました」
忠史は丁寧に頭を下げる。
「いえ。またゆっくり」
中村は穏やかに返す。
「樹くんも今日はありがとう。また明日な」
「うん! おやすみ!」
樹はぶんぶん手を振った。
忠史はおじいさんとおばあさんの家へ向き直る。玄関の中からほのかに畳の匂いが漂ってくる。
「さあさあ、夜は冷えるから」
おばあさんに促され忠史は敷居をまたいだ。背後で戸が静かに閉まる。家が変わっただけで空気の質が少し違う。ここはこの集落の元からの家だ。
おじいさんは囲炉裏のそばに腰を下ろし、囲炉裏の火を小さく整えながらにこりと笑う。
忠史は一瞬言葉に詰まる。
聞きたいことは山ほどある。この夜の光のことも。でも、まずはこの集落のこと。
「それにしても、よくたどり着きなさった」
おじいさんが感心したように言う。
「ここに人がくるなんてどれくらいぶりかしらねぇ」
おばあさんが湯のみを並べながら首をかしげる。
「仁がまだ小さい頃にあったかしら……五十年ぶりくらい?」
「五十年は大袈裟か。あ、いや……でもそんなもんかなぁ」
おじいさんはあごをさすりながら笑った。
「あ、仁はうちの子です。今は東京で……孫もおります。今日会ってきたので昼間は留守でして」
――え?
忠史の思考が止まる。
え?
え??
え???
「今日……会ってきた?」
声が裏返る。
「東京……?」
どういうことだ?
この集落に道はない。山を一時間以上さまよってようやくたどり着いた場所だ。
そこから東京? 驚きすぎて言葉が続かない。
おばあさんが湯のみを差し出しながらやわらかく微笑む。
「遠藤さんも……何かご縁があるのでしょうね。お茶でも飲んでゆっくりしてください」
湯気が立ちのぼる。
忠史は両手で湯のみを持つ。温かさがじわりと手のひらに広がった。




