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(10)夜の幻想

 夕食後、食器を片づけ終えたころ樹が忠史の袖をちょんと引いた。


「ちょっと外に行こうよ」


「外? もう真っ暗じゃないか?」


 山の夜は早い。ましてやこんな山の中。どう考えても闇しかない世界だろう。なのに、なぜ外に行こうなんて言うのか。街灯もない真っ暗闇を見せたいのだろうか。そう思いながら忠史は一緒に外へ出た。


 理由はすぐにわかった。

 忠史は息を呑む。集落一帯がぼんやりと淡い光に包まれている。


 灯りがあるわけではない。

 街灯もない。

 提灯もない。

 家の明かりが漏れているわけでもない。


 それなのに地面が見える。家の輪郭が見える。畑の畝までわかる。暗闇の中でこの小さな集落だけが静かに浮かび上がっている。ブルーライトの間接照明で舞台セットをやわらかく照らしたらこんな感じだろうか。いや、それとも違う気がする。

 しかも、暗闇と薄明りがくっきりと分かれている。


(……どうなってるんだ?)


「すごいでしょ」


 樹が得意げに言う。


「……すごい」


 言葉がそれしか出てこない。


「この光に包まれてる感じ、すきなんだ」


 樹はそう言って両手を少し広げた。その姿が光に溶け込んで見える。


 わかる。

 わかるけど――子どものくせに急にませたことを言うなとも思う。


 だが、確かにその通りだ。このやわらかな灯りの中にいると体の奥の緊張がほどけていく。心拍がゆっくりになる。都会のネオンとも蛍光灯とも違う。


 責める光ではない。

 包む光だ。


「これ……毎晩こんな感じなの?」


「うん」


 樹は当たり前のようにうなずいた。


(どうやって光ってるんだろう……?)


 忠史はあらためて集落を見渡す。


 光源はない。

 影もはっきりしない。

 けれど、確かに見える。


(どうしてこんなことになる?)


 理屈を探そうとすればするほど思考が空回りする。

 まさに幻想的な景色だった。


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