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(4-31)大晦日

 十二月三十一日。

 今日で今年も終わりだ。


 朝の空気は冷たい。

 空は綺麗に晴れ渡っており冬らしい澄んだ青空が広がっている。寒空ではあるけれど、気持ちのいいドライブ日和(びより)だった。

 朝食を済ませると、三人はさっそく車へ乗り込んだ。


 行き先は桃太郎温泉。


 大晦日(おおみそか)ということもあってか、道路は驚くほど空いていた。普段なら多少渋滞しそうな場所も今日はスムーズで、車は気持ちよく流れていく。

 運転席の浩子はどこか楽しそうだ。助手席の忠史は流れていく景色を眺め、後部座席の美樹はスマホを触ったり外を見たり忙しい。

 車内にはラジオが小さく流れていた。年末特番なのだろう。今年のニュースを振り返るような内容が聞こえてくる。

 そんな穏やかな空気のまま、一時間ほどで桃太郎温泉へ到着した。

 館内は思った以上に人が多い。


 家族連れ。

 帰省してきたらしい若者たち。

 年配の夫婦。


 みな、一年の疲れを流しに来ているのだろう。

 三人はまず大浴場へ向かった。

 忠史は広い湯船に肩まで浸かり、大きく息を吐く。


(あぁ……生き返る……)


 東京ではシャワーで済ませる日も多い。だからこういう大浴場は本当にありがたかった。

 露天風呂へ出ると、冬の冷たい空気が火照(ほて)った身体に気持ちいい。遠くには岡山の山並みも見えている。

 湯に浸かりながら忠史はぼんやり考えていた。


(今年はいろいろありすぎたな)


 奥袴狭。

 渉。

 最期師。

 捲る力。


 半年前までの自分なら今の状況を絶対に信じないだろう。だが、それでもこうして実家へ帰って家族と温泉へ来ていると、なんだか昔のままの自分に戻ったような気にもなる。

 風呂から上がると、三人は館内の食事処へ向かった。


 窓際の席。

 外には冬の山々が見える。

 定食や蕎麦を頼み、料理を待つ間に忠史が口を開いた。


「お母さんの見たい山って近いの?」


 浩子は湯上がりのお茶を飲みながら頷く。


「そうね、いくつかあるんだけど……もし結果的に気に入って買いたいってなった時に、あまり遠いと不便だから岡山県内でって思ってて」


「なるほど」


「県内でも何か所も売りに出てるのよ」


 忠史は少し驚いた。


「それ全部見て回るの?」


「ううん、とりあえず今日はここから一時間もかからないくらいで行けそうなところだけ、ちょっと見たいなって思ってる」


 すると美樹が思い出したように言った。


「お兄ちゃん、キャンプ道具揃えてたよね? どこか行った? というか、山詳しい?」


 一瞬、忠史の脳裏に出石(いづし)の山が浮かぶ。


 あのキャンプ場。

 そこから迷い込んだ山道。

 そして奥袴狭。


 だが、今それを話すわけにはいかなかった。


「うん、行ったけど……山の中というよりはある程度整備されたキャンプ場だから。山に詳しいわけじゃないなぁ……」


 そう言って曖昧に笑う。

 美樹も特に深くは追及しなかった。


 昼食を終えると、三人は再び車へ乗り込む。目的地は浩子が気になっている“売り山”。

 車は徐々に岡山の内陸部へ入っていった。とはいえ、完全な山奥という感じではない。道路は綺麗に整備されているし、途中には住宅も店も普通にある。

 しばらく走ったところで浩子が前方を指差した。


「いま走ってるこの右側が売地みたいなのよね」


 忠史は窓の外を見る。

 確かに山林ではある。

 だが、思っていたよりはずっと普通の風景だった。


「車の中からだとよくわからないよね……」


 後部座席から美樹が言う。


「そうだね……」


 忠史も頷く。

 すると少し先に、車が数台停められそうな広めの路肩が見えてきた。

 浩子はゆっくりと車を寄せ、そこで停車した。


 三人で車を降りると、冬の空気がひやりと頬を撫でた。

 そして、目の前に広がる山を見上げた。

 山を見上げながら、三人はしばらくその場に立っていた。


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