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(4-30)奥袴狭の光

 夕食を終えると、家の中は少しずつ夜の空気へ変わっていった。

 浩子は食器を片づけ、美樹は「先お風呂入るー」と脱衣所へ向かう。テレビでは年末特番が流れていた。

 今年ももう終わる。そんな空気が家の中にゆっくり広がっている。

 忠史は食後のお茶を飲みながら、ふと思い出したように口を開いた。


「オレ、今日ここで寝ていいかな?」


 そう言ったのは、リビング横の和室だった。

 父・忠明の仏壇が置かれている部屋。


「あぁ、もちろんいいわよ」


 浩子はすぐ頷いた。


「忠史の部屋、一応そのままにはしてあるんだけどねぇ……」


 そう言いながら少し苦笑する。


「美樹がいろいろ荷物置いちゃってて。寝られないことはないんだけど、たぶんこっちの方がゆっくりできると思う」


「あー……あいつ片づけとくねとか言ってたくせに」


 忠史も苦笑する。


「まぁ、いいけどさ」


 すると浩子が、どこか優しい声で言った。


「久しぶりだし、お父さんとゆっくり話して寝てね」


 その言葉に、忠史は少しだけ照れくさそうに笑った。

 実際にそう思っていたのだ。


「……うん」


 それからしばらくして、


「じゃ、おやすみー!」


 風呂上がりの美樹が元気よく声を上げる。


「おやすみ」


「はいはい、おやすみ」


 それぞれが自分の部屋へ戻っていく。

 家の中は次第に静かになっていった。

 忠史は和室へ入り布団を敷く。そして何気なく仏壇の横へ視線を向けた。


 和箪笥(わだんす)の上。

 そこにはあの黒い玉が置かれている。昼間、帰宅した時には深い緑色に見えたが、今見るとやはりいつも通りの黒だった。

 (つや)のある重たそうな黒。


(……気のせいだったかな)


 忠史は近づいて玉を見つめる。


(帰ってきた時は確かに緑っぽく見えたんだけどな……)


 西日だったからだろうか。

 疲れていたせいかもしれない。


「ま、いいか」


 独り言のように呟く。

 それから部屋の電気を消し布団へ入った。

 冬用の布団は温かく、どこか懐かしい匂いがした。


 遠くで車の走る音。

 冷蔵庫の低い駆動音。

 時折聞こえる風の音。


 実家の夜だ。

 忠史はその音に包まれながら、ゆっくり眠りへ落ちていった。


 ――どれくらい眠っただろう。


 ふと、目が覚めた。

 理由はわからない。

 だが、何か違和感があった。


「……ん……?」


 忠史はぼんやり目を開く。

 そして次の瞬間、息を呑んだ。

 部屋が、薄く光っていた。

 真っ暗ではない。

 かといって照明でもない。


 淡い。

 柔らかい。

 どこか温かみのある光。


「え……?」


 忠史はゆっくり上半身を起こした。

 心臓が急に早くなる。


「え、ええ……?」


 その光景に見覚えがあった。

 奥袴狭の夜。

 あの村で見た、夜なのに(ほの)かに世界が明るい不思議な光。

 まさにそれだった。


「なんで……」


 混乱しながら辺りを見る。

 そして気付く。


 光の中心。

 和箪笥の上。

 黒い玉だった。


 玉が、淡い深緑色の光を放っている。


 呼吸をするように。

 脈打つように。

 静かに、部屋全体を照らしていた。


「……っ」


 忠史は言葉を失う。


 本来なら怖いと思うはずだが不思議と恐怖はなかった。

 むしろ逆だった。

 その光に包まれていると、身体の奥の疲れがゆっくり溶けていくような感覚があった。


 張り詰めていた神経がほどけていく。

 心が静かになっていく。

 まるで奥袴狭に居る時のような安心感。


 いや――。


 それ以上かもしれない。


 懐かしい。

 そんな感覚すらあった。

 忠史はしばらく玉を見つめた後、静かに目を閉じてその光に包まれながら再び眠りに入った。


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