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(4-29)母の変化

「ん? 何なに?」


 忠史は首を傾げた。

 すると、美樹が面白がるように笑う。


「温泉のついでに山を見に行きたいんだって」


「山? 何それ?」


 忠史はぽかんとした。


「お母さんね、最近、山買いたいらしいよ」


「え???」


 忠史は思わず大きな声を出した。


「山を買う???」


「ちょ、ちょっと美樹、言い方!」


 浩子が慌てる。

 だが、美樹は止まらない。


「ほんとだもん。最近ずーっと山の売買サイト見てるんだから」


「えぇ……」


 忠史は思わず苦笑した。

 東京で暮らしている間に実家では何が起きていたのだろう。

 浩子は少し照れくさそうに笑った。


「いや……まだ決めたとかじゃないのよ?」


「うん」


「なんかね、少し前からかなぁ……緑に囲まれた場所に行きたいなって思うことが増えてきて」


 その言葉を聞いた瞬間、忠史の脳裏には奥袴狭が浮かんだ。

 まさしく深い緑に囲まれた奥村。

 偶然だろうか。


「それで、前にテレビでキャンプとか田舎暮らしの特集やってて『山持ってます』みたいな人が出てたのよ」


「うん」


「そしたら思ってたより全然安くてね。もちろん場所や広さにもよるんだけど」


 そこで美樹が横から口を挟む。


「お母さん、すぐスマホで調べ始めてさ」


「いや、最初は美樹が調べてくれたんじゃない……でも、気になるでしょ?」


「実際に山売ってるサイトとかいっぱいあって」


 美樹は笑いながら続けた。


「毎晩『この山いいわねぇ』とか言い出すんだよ」


「そこまでじゃないわよ」


「いや、けっこう言ってる」


 三人で笑う。

 浩子は少し恥ずかしそうにしながらも続けた。


「でも、やっぱり写真だけじゃわからないでしょ? だから、実際どんな感じなのかなって見てみたくて」


「なるほど……」


「不動産屋さんに行ったらうまく話進められちゃいそうだから、とりあえず自分で見てみたいだけなんだけどね」


 忠史は「へぇ」と頷きながらも、心のどこかで妙な感覚を覚えていた。

 母の中で何かが変わり始めている。

 そんな気がした。


 それは単なる趣味や思いつきなのかもしれない。


 けれど――。


 緑。

 山。

 自然。


 忠史はまるで何かに引き寄せられるように、少しずつ方向が定まっていくような不思議な流れを感じていた。


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