(4-27)帰省
岡山駅に着いた頃には、空はすっかり夕暮れ色になっていた。
冬の空気は冷たい。東京よりも少し湿り気を含んだような岡山の風が、忠史には妙に懐かしく感じられた。
改札を抜けると、ロータリーの向こうに見慣れた軽自動車が停まっている。
「あ」
運転席には浩子。
助手席から降りた美樹がこちらに気付いて大きく手を振った。
「おーい、お兄ちゃーん!」
その声に思わず笑ってしまう。
忠史は小走りで車へ向かった。
「ただいま」
「おかえり、元気そうね」
浩子が安心したように笑う。
「うん、元気元気」
そう答えると、なぜか浩子も美樹も嬉しそうな顔をした。
離れて暮らしていると「元気そう」というだけで安心するのだろう。
「寒いから、とりあえず乗って乗って」
浩子に急かされ、忠史は後部座席へ荷物を置いて車へ乗り込む。車内には、ほんのり柔軟剤と夕食の匂いが混ざったような、実家特有の空気が漂っていた。
そして車が走り出す。
「そういえば駅前また変わったよ」
美樹がすぐ話し始める。
「あそこに新しいカフェできたんよ」
「へぇ」
「あとさ、あっちの田んぼなくなって道路できたじゃん?」
「あー、あそこか」
忠史は窓の外を見る。
確かに景色が少し変わっている。
一年。たった一年だが街も少しずつ姿を変えていく。
新しい店ができて。
古い建物がなくなって。
道路が伸びる。
自分が知らない間にも、時間はちゃんと流れている。
そんな当たり前のことを、忠史はぼんやり考えていた。
車はやがて住宅街へ入る。
見慣れた道。
見慣れた角。
そして、見慣れた遠藤家。
「はい、着きました」
浩子の声に、忠史は小さく頷いた。
「うん」
玄関を開けると、途端に暖房の効いた空気と夕食の匂いが身体を包み込んだ。
その瞬間、忠史の肩からふっと力が抜ける。
(……帰ってきたな)
靴を脱ぎ、まず向かったのは仏壇だった。
父・忠明の写真。
少し照れたように笑っている昔から変わらない表情。
忠史は静かに手を合わせた。
(いつもありがとう。ただいま帰りました)
心の中でそう呟く。
そして、ふと視線が横へ流れた。
仏壇の隣。
和箪笥の上。
そこには、昔から変わらず黒い玉が置かれていた。
(……あれ?)
忠史は少し目を細める。
(この玉って、こんな色だったっけ……?)
昔から真っ黒だと思っていた。
だが今は違って見える。
黒というより――。
深い森の奥のような濃い緑。
光を飲み込むような暗い緑色。
忠史はしばらくその玉を見つめていた。




