(4-26)冬の朝
季節は進み、街は年の瀬を迎えようとしていた。
クリスマスが終わった途端、東京の空気は一気に「年末」へ変わる。スーパーには正月飾りが並び、駅前では歳末セールの文字が目立ち始める。朝の空気は張り詰めるように冷たく、吐く息も白かった。
忠史は今朝も、まだ薄暗い早朝の公園に来ていた。
冷たい風が川面を撫で、木々の葉もほとんど落ち切っている。
さすがにこの時間だとまだ人影も少ない。
忠史は手袋を外し、ゆっくり息を吐く。
――近いうちに能力が発現します。
渉にそう言われたあの日から、忠史の意識は明らかに変わっていた。
もちろん、それ以前から真剣ではあった。だが今は違う。できる「かもしれない」ではなく「本当にできる」、その前提で練習をしている。
だからこそ、以前よりも一回一回の集中が深くなっていた。
地面へ足をつける。
大地から何かを吸い上げる感覚。
それを身体の中心へ通して指先へ集める。
毎日繰り返してきた動作。
そして最近、その感覚に少し変化が出始めていた。
指先に、何かが触れている。
何か柔らかいもの。
たとえば、ふわふわした毛布にそっと触れたような感覚。
掴めないけれど、確実にそこに“何か”があるという奇妙な感覚だった。
忠史はゆっくり両手を見る。
「……よし、やるか」
意識を集中させようとしたその時だった。
スマホの着信音が鳴る。
画面を見ると母親からだった。
「あ……」
忠史は意識をほどき電話に出た。
「もしもし、おはよう」
『おはよう忠史』
聞き慣れた母・浩子の声。
『今日帰ってくるんでしょ?』
「あ、うん。午後には帰るよ」
忠史はベンチへ腰掛けながら答える。
「岡山駅着いたら電話する」
『はいはい』
浩子が少し笑う気配。
『別にお土産なんていらないから、無駄遣いしないでゆっくり帰っておいでね』
「うん、わかった」
忠史も少し笑う。
こういう母親の言い方は昔から変わらない。
“いらない”と言いながら家族のことを気にしている。それが何となく嬉しかった。
――とはいえ。
何も買わずに帰れば、たぶん美樹がうるさい。
東京限定だとか期間限定だとか、そういうものに妹は妙に敏感だ。
結局なにか適当に買って帰ることになるだろう。
「じゃ、また夕方ね」
『はいよ。気をつけて』
通話が切れる。
忠史はスマホを見つめたまま小さく息を吐いた。
実家に帰ったら――。
母親に奥袴狭とかの話をするべきだろうか。
(いや、さすがに心配するか)
なら美樹にだけ話す?
(……いやいや)
突然「実は空間を捲る能力があってさ」なんて話したら、東京行っておかしくなった?くらい思われても不思議ではない。
忠史は苦笑する。
じゃあ、捲れるようになってから話すか?
でも、それだといつになるかわからない。
そもそも――。
もし本当に捲れるようになったら、人生そのものが大きく変わってしまう気もする。
そうなった時、自分は今まで通りで居られるんだろうか。
大学。
友人。
家族。
東京での生活。
いろんなものが頭の中をぐるぐる巡る。
「……ダメだ」
忠史は苦笑しながら立ち上がった。
(今日は集中できそうにない)
忠史は冷えた手をポケットへ突っ込み公園をあとにした。
帰ったら荷物をまとめよう。
そう思いながら、冬の朝をゆっくり歩き出した。




