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(4-25)直感

 心臓だけがただただ速く鳴っていた。


 自分が。

 本当に。

 捲れるようになる。


 そんな「もし」の話。


 だが今、渉は断言した。しかも迷いなく。

 忠史は何をどう考えればいいのかわからなくなっていた。

 そんな忠史へ、本橋が静かに声をかける。


「遠藤くん……今日ここへ来る前も練習していたんだよね?」


 忠史はゆっくり顔を上げた。


「何か感覚を掴めてきているのかい?」


 その言葉ではっと我に返った。

 そして、少し慌てるように言葉を探す。


「あ……えっと……い、いえ……まだ全然というか……」


 自分でも何をどう説明すればいいのかわからない。ただ、以前とは違ってきている感覚は確実にあった。


「でも……練習を始めた頃よりは、何となくですけど……エネルギーみたいなものを感じられるような気はしてきてるというか……」


 本橋は腕を組みながら考えるように小さく頷いた。


「なるほど……少なからず、練習の成果は出てきているわけだ」


「……そうなんでしょうか……」


 忠史自身はまだ半信半疑だった。

 気のせいかもしれない。思い込みかもしれない。だが公園で練習している時、地面に足をつけて意識を集中すると足裏から何かが流れ込んでくるような感覚が確かにある。

 そして最近は、それを指先へ集められるような感覚まで出てきていた。

 忠史は少し迷ったあと、思い切って口を開いた。


「渉さん、じゃあ……もし捲れるようになったとして……」


 忠史は一瞬言葉を止める。


「いや、ならなくてもなんですけど……そんな、行ったら戻れなくなるような場所とか……闇に飲まれてしまうような場所って……どう気をつければいいんですか?」


 もっともな疑問だった。

 今回は、渉が捲ろうとして捲れなかった。だからこそ異常に気付けた。

 だが、もし能力ではなく普通に行ってしまったらどうなるのか。


 旅行先。

 仕事先。

 偶然立ち寄った場所。


 知らないうちに、そういう場所へ踏み込んでしまう可能性は十分ある。

 忠史は無意識に手を握り締めていた。

 すると渉は、少しも迷うことなく答えた。


「自分の直感を信じてください」


「……直感」


「はい」


 渉は穏やかな表情のまま続ける。


「今日、遠藤さんが練習されていた公園ですが……あそこは、とても気が溢れていると感じました」


 忠史は少し驚いた。


「あ……えっと、そうなんです。すごく居心地が良いんです。何となく、練習するならあそこがいい気がして……」


 渉は頷く。


「あの場所は遠藤さんが自分で見つけたんですよね?」


「はい」


 忠史は思い出す。

 ただ神田川沿いを歩いていただけだった。だが、あの場所へ来た時に不思議と足が止まった。空気が柔らかくて落ち着く場所だった。緑が多いから、くらいにしか思っていなかったが、今思えばあの感覚は少し特別だったのかもしれない。


「遠藤さんの直感が、あの場所を選んでいます」


 渉は静かに言う。


「だから、その感覚を大切にしてください。

 心地良い、落ち着く、ここに居たい。

 逆に、嫌な感じがする、足が進まない、妙に気になる。

 そういう感覚は、無視しない方がいい」


 診療所の灯りの中で、渉は穏やかに微笑んだ。


「遠藤さんはちゃんと感じ取れています。ですから、自分の直感を信じて動けば大丈夫です」


 その言葉は不思議と安心感があった。

 もちろん不安が消えたわけではない。だが渉の言葉には、どこか大地に根を張るような落ち着きがあった。


 忠史は小さく息を吐く。

 そして、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


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