(4-24)そういう場所
渉はゆっくりと言葉を続ける。
「泣いている人、怒っている人、助けを求めている人、何かを願っている人……本当に無数の声でした」
淡々と語る。
だが、その静かな口調の方がかえって重かった。
「捲れたことを喜んでいるような声もありました。よかったよかったという嬉しそうな声……そして、いろんな声は続いているんですが……今度は父の姿が見えたんです」
診療所の空気がさらに静まる。
「父が、闇に飲み込まれていく姿でした」
忠史の背筋に冷たいものが走った。
「その時は、何が見えているのかわかりませんでした」
渉は少し視線を落とす。
「ただ……あの日から多くのことを経験してひとつの答えを見つけました。父は断れなかったんだと思います」
渉の声は静かだった。
責めるでもなく悲劇として語るでもなく、ただ事実を見つめるような声音。
「父は何か依頼を断れず無理にその場所に入っていったんです。能力ではなく車なのか徒歩なのか……そこはわからないんですが」
渉はそこで少しだけ目を伏せた。
「そして、父は闇に囲まれまれて、そのまま飲まれてしまいました」
そこまでを、渉は一気に話した。
診療所の空気が重く沈む。
しばらくの沈黙の後、本橋がゆっくり口を開いた。
「昭ちゃんは本当に良い奴だったけど、お人よし過ぎるようなところがあったから……断り切れないということはあり得ると思う……」
そして続ける。
「えっと……じゃあ今回の場所って昭ちゃんが亡くなった場所なのか?」
少し混乱したような声だった。
「いえ」
渉は静かに首を横へ振った。
「ここではありません。別の場所です」
本橋は少し安堵したような、逆に混乱したような顔になる。
渉は写真へ視線を向ける。
「ただ……私にとっては、たぶんここが“そういう場所”なんだと思います」
「そういう場所……」
「はい」
本橋が腕を組む。
「相性みたいなもの……なのかな……」
「そうですね。そういうものだと思います」
渉は頷いた。
「誰もが行けない場所というわけではありません。私にとっては、ということです」
忠史は息を飲んだ。
行くと戻れなくなる場所。
闇に飲まれる場所。
そんなものが本当に存在するのか。しかも、それは人によって違うという。
忠史の頭ではまだ理解が追いつかない。
すると渉が、今度は忠史へ視線を向けた。
「だから、遠藤さんにもこの話をしておきたかったんです」
「……え?」
忠史は戸惑う。
(なぜ自分に)
その疑問が顔に出ていた。
渉は静かに続けた。
「遠藤さんは、近いうちに能力が発現します。間違いありません」
忠史の思考が止まる。
一瞬、本当に何を言われたのかわからなかった。
診療所の音が遠くなる。
(え……?)
頭の中で言葉だけが反響する。
近いうちに。
能力が。
発現する。
「だから……これを伝えておく必要があったんです」
渉の声ははっきり聞こえるが、忠史は完全に固まっていた。




