(4-23)渉の考え
本橋の言葉が途切れたあと、診療所には短い沈黙が落ちた。
相変らず暖房の音だけが小さく聞こえる。
その静けさの中で、渉がゆっくり口を開いた。
「たぶん、本橋先生の考えで概ね合っていると思います」
本橋も忠史も渉を見る。
渉はいつもの穏やかな口調だった。
「ただ……私にとって、その場所が特別ということなんだと思います」
そこで一瞬、言葉を選ぶように視線を落とす。
「特別……?」
本橋が聞き返す。
渉は静かに続けた。
「はい。忌み地だから捲れない、というわけではないと思います。他の誰かなら捲れるでしょう」
「……え?」
本橋の目が大きく開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。他の誰かって……」
珍しく本橋が動揺を見せる。
そして、信じられないという顔で渉を見る。
「え? 他にも捲れる人が居るのか?」
その問いは半ば反射的だった。
本橋は渉と十年以上行動を共にしているが、そんな話は一度も聞いたことがない。
もちろん昭一からも聞いていない。
「はい」
渉はあっさり頷いた。
「交流はありませんが、他にも居ます」
本橋はしばらく言葉を失った。
驚きすぎて整理が追いついていない。
「……そう……だったのか……」
小さく漏れた声には、本気の戸惑いが滲んでいた。
一方で忠史も驚いていた。
だが、本橋ほどではない。むしろ、どこかで「やっぱり」と思っている自分もいた。
自分が捲れるようになったとしても渉は死なない。何となくそんな風に思えたあの時、もし自分が能力を得れば能力者は二人になる。ならば、最初から複数存在していても不思議ではない。
姫路から戻って以降、忠史はぼんやりそんなことを考えていたのだった。
渉はそのまま静かに続けた。
「父は……闇に飲み込まれました」
突然の言葉だった。
忠史も本橋も息を呑む。
渉自身の口から、昭一の死について語られるのは初めてだった。
「私が初めて捲れた時です」
渉の視線はどこか遠くを見ていた。
「突然、いろんな声が一斉に聞こえ始めたんです」
忠史は自然と身を乗り出していた。
「誰かが私へ話しかけているという感じではありませんでした」
渉は静かに説明する。
「ただ、日本中の声が耳へ流れ込んでくるような……そんな感じでした」
本橋は真剣な表情で聞いている。
忠史もひと言も聞き漏らすまいと渉の言葉に集中していた。




