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(4-22)本橋の考え

 窓の外は、すっかり夜になった神河町の闇が広がっていた。

 テーブルの上には、北陸の村の資料と写真。

 そして、その空気をゆっくり切り開くように本橋が口を開いた。


「まず、私が掴んだ情報なんだけど……」


 本橋は一度言葉を選ぶように間を置く。


「どうやら、その村というか、その辺り一帯は“忌み地”らしいんだ」


「……いみち?」


 忠史は聞き慣れない言葉に眉を寄せた。

 渉は特に反応を見せない。

 静かに本橋の話を待っている。


「えっと……いみちって何ですか?」


 忠史は素直に尋ねた。


「あぁ、うん……」


 本橋は少し困ったように苦笑する。


「こういう話って実際かなり曖昧なんだよね。民俗学とか宗教観とか土地信仰とか……いろんなものが混ざってるから」


 そう言って、本橋は資料の写真へ目を落とした。


「簡単に言えば、昔から“近づいてはいけない”って言われてきた土地かな」


「近づいてはいけない……」


「うん。いわゆる“(いわ)くつき”みたいな場所だね。“(けが)れた土地”って表現されることもある」


「穢れた土地ですか……」


 忠史はまだうまくイメージできなかった。

 ただ、そういう話をまったく知らないわけではなかった。アパートやマンションを借りる時に“曰くつき物件”なんて話しは聞いたことはある。だから、それの土地版という感じなんだろうか。


「昔に何かあった土地……ということなんでしょうか?」


「まぁ、たぶん大元はそういうことなんだと思う」


 本橋は頷く。


「ただね、そんなことを言い出したら日本中どこだって何かしらあるわけだよ」


「……はい」


「事件もあるし事故もあるし……もっと遡れば(いくさ)だってある。戦国時代なんて理不尽の積み重ねみたいな時代だからね」


 本橋は静かに続ける。


「だから“昔何かあった土地”というだけなら、今回の場所だけ特別ってわけじゃないと思うんだ」


 忠史もそれは確かにと思った。

 日本という国は長い歴史を持っている。その中で、悲劇も争いも一度も起きていない土地など存在しないのかもしれない。


「じゃあ、なぜここだけ……?」


 忠史の疑問に、本橋はゆっくり首を横に振る。


「そこまではまだわからないんだ」


 本橋自身も完全に理解しているわけではない。

 そういう口調だった。


「調べていく中で“あそこには近づくな”とか“昔からよくない土地と言われていた”とか、そういう断片的な話がいくつか出てきただけでね」


「……」


「理由そのものは曖昧なんだ。伝承なのか、実際に何かあったのかも含めて」


 診療所の空気が少し重くなる。

 忠史はもう一度、古民家の写真を見る。


 相変わらず普通の風景だった。

 どこにでもありそうな山村。

 だが今は、その静けさそのものが不気味に思えた。


「つまり……」


 忠史は慎重に言葉を選ぶ。


「忌み地だから捲れないんじゃないか、ってことなんですね?」


「うん……私はそう考えた」


 本橋は背もたれへ軽く身体を預けた。


「たぶん渉くんの能力って“良い流れ”を使ってる感じがするんだよ」


「良い流れ……」


「エネルギーと言ってもいいし波動と言ってもいい。私は専門家じゃないから正確な言葉はわからないけどね」


 本橋は少し笑った。


「でも、見てるとそんな感じがするんだ」


 忠史は思い出していた。

 地面から何かを吸い上げる感覚。

 身体が温かくなる感覚。

 あれは確かに“良いもの”に触れているような感覚だった。


「だから逆に“忌み地”みたいな負のエネルギーが蓄積した土地だとしたら……」


 本橋はそこで言葉を切る。


「力がうまく届かないのかもしれない」


 そう言って、本橋は大きく息を吐いた。

 だが、その表情には納得しきれていないものも残っていた。


 忠史も同じだった。

 説明としては理解できる。けれど、本当にそういうことなのだろうか。

 写真の中の村を見つめながら、忠史は胸の奥に小さなざわつきを感じていた。


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