(4-21)疑問
「もちろん、最初は渉くんの体調を疑ったんだ」
本橋が静かに続ける。
「能力の不調というより単純に疲労とか、何か身体的な問題がある可能性もあるからね」
忠史は思わず渉を見る。
渉は変わらず落ち着いていた。
表情にも疲れは見えない。
「だから一応、簡単な健診もしたんだよ。血圧も脈も問題ないし、身体的には特に異常なし」
「なるほど……」
忠史は気になるものの言葉が続かない。
「うん。それに本人も特に不調は感じていない」
本橋はそう言って、テーブルの写真を一枚指先で軽く動かした。
「となると、じゃあ村そのものに行けないだけなのか、とも考えた」
「はい」
「だから、それなら最寄り駅ならどうだろうとか、近くの町なら行けるんじゃないかとか、いろいろ考えたんだ」
忠史は真剣に耳を傾ける。
「でも、そもそもの話しとして依頼者は寝たきりの方だからね」
本橋は少し困ったように笑った。
「つまり、ピンポイントで目的地に行けないならこの仕事は成立しないんだ」
その言葉は重かった。
それは忠史も理解していた。
最期師の仕事はただ移動するだけではない。依頼者に苦痛を与えることなく、最後の願いをできる限り穏やかに叶えること。そのために渉の能力がある。
だからこそ“途中までしか行けない”では意味がない。
「だから……ひとまず今回の依頼はお断りしたんだ」
診療所の空気が静かに沈む。
忠史はあらためて資料へ目を落とした。
依頼者はきっと、この場所へ帰りたかったのだろう。
その願いを叶えられなかった。
忠史は胸の奥が少し苦しくなるのを感じた。
「でもね……依頼は断ったけどどうしても気になったんだ」
「気になった?」
「うん。十年以上やってきて初めてのことだからね」
本橋は静かに腕を組む。
「だから、その後も少し調べ続けてたんだよ。村のこととか土地の歴史とか、周辺地域の情報とかね」
忠史は自然と身を乗り出した。
「それで……関係あるかどうかはまだわからないんだけど、ある情報を掴んだ」
「ある情報?」
忠史が思わず聞き返す。
「うん」
本橋は頷いた。
「それで、その話をしようと思って渉くんを呼んだんだ」
すると本橋は少しだけ苦笑する。
「ところが、渉くんは渉くんでどうやら何かを感じ取ってたみたいでね」
忠史は再び渉を見る。
渉はやはり静かだった。
「それで渉くんが『この先の話は遠藤さんにも聞いてもらった方がいい』って言ったんだ」
「……そうだったんですね」
忠史は小さく頷いたが、同時に疑問も浮かんだ。
なぜ自分なのだろう。
確かに今、自分は渉の能力について学ぼうとしている。
捲る練習も真剣にやっている。
それでも、まだ自分は“外側の人間”という感覚だった。
本橋と渉が話せば済む話ではないのか。
そう思ってしまう。
「だから、まだ私は渉くんにその情報を話していないし……逆に、渉くんが何を感じたのかもまだ聞いていない」
忠史は少し驚いた。
「じゃあ……」
「うん」
本橋は静かに頷く。
「今から、それらを突き合わせようということなんだ」
部屋が静かになる。
暖房の小さな作動音だけが聞こえていた。
忠史は無意識に指を組む。
大事な話なのはわかる。
渉が捲れない場所。
本橋が掴んだ情報。
渉が感じ取った何か。
それらが今から共有される。
きっと重要な話だ。
だが――。
(なんでオレなんだろう……)
その疑問だけは消えなかった。
本橋は電話で『特別急ぐ話でもないと思うんだけど』と言っていた。
確かに緊急事態という雰囲気ではない。
誰かが倒れたわけでもなく、危険が迫っているわけでもない。
なのに渉は『早めに知らせた方がいい』と言った。
なぜ。
何を。
何のために。
忠史の頭の中で疑問だけが静かに渦を巻いていた。




