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(4-17)突然の電話

 吉岡が近くのベンチに腰掛ける。

 それが最近の定位置だった。

 二人の会話はそれ以上続くことはなく、忠史は静かに目を閉じ自然と練習に入る。


 呼吸を整える。

 地面を感じる。

 風を感じる。

 木々のざわめき。

 遠くを走る車の音。

 神田川の流れる音。


 少しずつ意識を深く沈めていく。


 公園には時折人が通る。

 散歩中の夫婦。

 ジョギングをしている会社員。

 犬を連れた老人。


 ただ、誰も忠史を気に留めない。(はた)から見れば何かのダンス練習か、あるいは体操のようなものにしか見えないからだ。

 東京の公園にはいろいろな人がいる。忠史はその中の一人でしかなかった。


 時間が過ぎる。

 三十分ほど経った頃だった。


 突然、電子音が鳴った。静かな公園に響く着信音に忠史は意識を戻した。スマートフォンは少し離れたベンチの上に置いてある。

 先に気づいたのは吉岡だった。


「あ」


 声を漏らす。

 吉岡の表情が少しだけ変わっていた。


「ちゅうちゅう、本橋って表示されてる」


 その瞬間だった。

 忠史の胸の奥が、どくりと脈打った。


 本橋。


 二週間ぶりだった。

 もちろんただの連絡かもしれない。単に来週の予定の話しかもしれない。


 だが――


 なぜだろう。胸騒ぎにも似た感覚が走る。

 練習の最中だった指先から、すっと熱が引いていく気がした。

 忠史は一瞬ためらったが、ゆっくりスマートフォンを手に取ると少し息を整えてから通話ボタンを押した。


「はい、遠藤です」


『あ、遠藤くん。本橋です。突然悪いね』


 電話の向こうから聞こえてきたのは聞き慣れた穏やかな声だった。

 その声に少しだけ安心する。


「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」


 すると本橋は少し間を置いた。


『うん……ちょっといろいろあってね』


 その言い方が妙に曖昧だった。

 普段の本橋なら、もっと端的に話す。

 忠史は自然と表情を引き締めた。


『渉くんとも話してたんだけど、この件は遠藤くんにも伝えておいた方がいいだろうって話になってね』


 忠史は言葉を挟まず黙って聞いていた。

 本橋の口調は落ち着いているものの、どこか慎重なもの言いだった。何かを選びながら話しているようにも聞こえる。


 公園の風が吹き抜ける。

 冷たい空気が頬を撫でた。


 少し離れた場所では吉岡がこちらを見ており、忠史の様子からただの電話ではないと感じ取っているようだった。


『それで……すぐにこっちへ来れるかい?』


 忠史は思わず聞き返した。


「え? 今週末じゃなくて今すぐってことですか?」


『うん』


 本橋は静かに答える。


『特別急ぐ話でもないと思うんだけどね……ただ、渉くんが早めに知らせておいた方がいいって言うもんで』


 その名前が出た瞬間、忠史の胸がわずかにざわついた。

 渉がそう言うならきっと何か意味がある。理由はわからないがそう思った。


「わかりました。大丈夫です、すぐ行けます」


 忠史はすぐ答えた。


『ありがとう』


 本橋の声が少し柔らかくなる。


『で、いまどこにいる?』


「えっと……公園です」


『公園?』


「はい。いつも練習してる場所で」


『ああ、なるほど』


 本橋は納得したようだった。


『じゃあ、その場所の写真を一枚送ってくれるかな』


「わかりました。すぐ送ります」


『それじゃ、よろしく』


 通話はそこで切れた。

 画面には通話終了の文字。

 忠史はさっそく辺りの写真を撮り始めた。


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