八話
倒しても倒してもキリが無い、そんなの校舎がデカい分屋上も無駄に広いのだから仕方が無い事は分かっている。
それでも愚痴の一つ位許して欲しい、正直どれ位動きっぱなしなのかすらもう分からなかった。
それこそかなりの数のゾンビを二人で倒してきた事だけは確かなのだけど、どういう理由か分からないけど、初めに倒したゾンビは地面に溶けるかの様に消えてしまい、正確にどれ位倒したのかはもう分からなかいが……。それでもかなり頑張っているはずだ。
まぁそれでも足場の確保に悩まなくても良いのは大歓迎なんだけど、倒さなくちゃいけない数が数だけに正直疲労で体が重くなってきた。
「本当にキリがない!」
一度距離を取るとバットを強く握り過ぎて感覚が怪しくなってきた掌を開閉させる。何度か繰り返し手の感覚が戻ってきた所で一度額の汗を拭う。
まるで俺を探す様に両手を左右に振りながら様子を伺うゾンビ、一気に近付くと僅かに飛び跳ねバットを叩きつける。
最後の瞬間まで呻き声を残して倒れるゾンビ、しかし一体倒したとしても息つく暇も与えて貰えず次から次へとやってくる。
「追加で四体!」
言うが早いか倒したゾンビの頭を飛び越えながら詰め寄る。
走りながら視線を動かせば睦月がゾンビを倒したのが見え、だったら合流してから叩くべく一度その場で身構える。
そんな時、緊張感を破る様に田中が場違いな程に呑気な声を上げた。
「うへー、お前らが頑張っている所を見てるとさー、三人で椀子蕎麦食べに行った時の事を思い出してくるぜー。ハイーハイー、もういっちょー」
「懐かしいけど今じゃねぇよ」
「思い出すとお腹が苦しくなる。もうお腹一杯だって言ってるのに、ニコニコ笑いながら入れて来るあのサドッ気たっぷりな笑顔でお椀を閉めさせて貰えない絶望感ね」
田中の突然のバカ話に春休みに三人で出かけた旅行の事を思い出す。あの時程笑顔の人を怖いと思った事は無かった。
「ったくだから今じゃねぇってのに思い出すじゃんかよ。あれだろ、あきとんだけ五十杯で止めようとしたら、もう一つとかハイ、よいしょとか言って結局六十杯までお椀を閉めさせて貰えなかったやつな」
睦月が薄く笑みを浮かべながら挟み込む様に近付く、シュン、ガッ!シュン、ガッ!と木刀の残像が見え、木刀が空気を切った音と何かを叩いた音がした後、目の前のゾンビ二体がその場に崩れ落ちるのが見えた。
あの動きで最近は素振りすらしなくなったと言うのだから驚きだ。
「そそっ!もういらないって言ってるのにね!状況はマジで一緒!むっちゃんゴメン!そっちに一体転がすから足元注意!」
俺には睦月みたいに二体を瞬殺なんて出来っこない、目の前の一体を足払いをする事で転ばせ、もう一体のゾンビへとバットを向ける。
「おーらい!ゾンビのおかわりもあのおばちゃんの笑顔位に平和なものなら良いのにな!って事であきとん、もう一体追加な!後ろから来てっから頑張れ!」
バットを振るいながら睦月の声に背後に視線を僅かに向ける。既に五歩分程の場所にゾンビが近づいていて、俺は小さく舌打ちをしながら目の前のゾンビは払うだけに留めて後ろから迫るゾンビへと向かう。
思った以上に近すぎる距離、一気に迫るゾンビの顔に怖気づきそうになりながらも、大口を開けて迫るゾンビの口にバットを突っ込む。
―――ガジン!
勢いよく閉じられる口、俺の代わりに齧られたバットは僅かに凹む。その事で僅かに生まれた隙に思い切り蹴りつける。
『ヴガッ……』
僅かな呻き声を残してよろめくゾンビに一気に詰め寄りバットを振る。
ガツンと重い手応えを残して倒れるのを確認しつつ、だけどまだ安堵の息を吐き出す暇もない。背後にはもう一体のゾンビが近付く気配があり、予想以上に迫りつつある気配にヤバいと慌てて身を投げ出した。
―――ブンッ!
倒したゾンビを飛び越した直後、頭上で生まれた空気を割り裂く音に背中の産毛が総立ちになる。
『ヴバヴァアアアアアアアアアアアアアア!』
一回転二回転と転がり距離を取って急いで立ち上がると、先程まで立っていた場所では空気に噛み付いたゾンビが不満気な叫び声をあげていた。
顔を上げたゾンビはきっと人だった頃はかなりの美人だったのだろう、腐り歪んでも尚そんな雰囲気があった。
長い髪の毛で顔の半分を隠し、過去に塗ったルージュの名残か誰かの血かは分からないが、口元を真っ赤に染めている。
腐敗や経年劣化というよりは、無理やり引き千切られた様なシャツを僅かに身に纏い、はだけた胸元からは形だけは良い乳房が零れていた。ってまぁ色々と腐っているしこれがサービスになるかは……人による。
そのゾンビの他にも視界の隅には何時の間に近付いてきていたのか、もう一体ゾンビが迫ってきているのが見てとれる。
状況を再度把握する為視線を忙しなく彷徨わせ、目の前で転がるゾンビを迂回しながら近づいていく。
『ガガアアアアァァァァ!』
ある程度接近してから強く地面を蹴りつけ残りの距離を一気に詰める。ゾンビは威嚇する様に両手を突き出してくるが、予想通り過ぎるその動きは鋭角にステップして方向転換する事で躱わす。
ガチーン!と先程まで居た空間で歯を合わせた乾いた音が鳴り、そこにバットを思い切り振り抜きカウンターを合わせる。
呻き声すら零さず倒れるゾンビ、その最後を見届ける暇もなくもう一体のゾンビが肉薄していた。
他のゾンビ動揺緩慢な動き、だけど何故だか振り回した腕だけが異常に早く感じて慌てて飛び退いた。
『ガゥアアアア!』
人なら自分の身体の負荷を考えリミットがかかりそうな速度、しかしそんなものはゾンビにはなく、恐らくは目一杯に振るわれたのだろう。
―――ブチッ。
何処か間の抜けた音を響かせちぎれ飛んだゾンビの腕、ヤバいと思った瞬間僅かに顔を横に倒す。
アドレナリンが過剰分泌でもしているのかやたらとゆっくりと通り過ぎた腕は、チッと何本かの髪の毛を掠って飛んで行く。
『ヴヴァアアアアアア!』
腕が千切れた事など気にも留めずに残った片腕で迫りくるゾンビ、寧ろ腕が無くなった事など気付いていないかの様に長短両方の腕が振り回される。
しゃがみ込んだ頭上をブンと轟音が通り抜けていく、そのまま千切れた方の腕側へと回り込み、振り返り様に顎目掛けてアッパースイングする。
思いの外綺麗に顎をかち上げる事に成功し、ゾンビは勢い良く頭から地面に激突した。
隻腕となり、今では下顎が上顎に食い込み口だってもう二度と開きそうにない。だけどそんな状態でもまだ動き出そうと藻掻く様子に寒気を感じる。
いい加減もう動くなって!そう悲鳴にも似た願いと共にその頭を蹴り飛ばすのだった。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら額の汗を拭い、何度も動いているゾンビが居なくなった事を確かめる。
念入りに念入りに何度も確認した所でやっと終わったのだと確信した瞬間、膝から力が抜けてその場に座り込んだ。
「お疲れさん、そっちも終わったみたいだな」
ゆっくりと歩き近寄ってくる睦月に座ったままで小さく手を上げ答える。
「何とかね、もう動けないよ」
「ははっ、気持ちは分かるけどよ、良くそんな場所で座れるな」
睦月は赤かも黒かも分からない屋上を一度眺めると、苦そうに顔を顰めながら溜息をついた。
「うへー、マージで強烈だったなー、あんなの相手に二人共マジで良くやるわー、俺なら絶対無理だねー」
ヨロヨロと近寄ってきた田中は「それにしても暑いな」と手の甲で汗を拭おうとしてそこに何かが付着していたのだろう顔を顰めている。
「ったく他人事みてぇによ……、お前が怪我して無かったら馬車馬みたいに使ってやったのによ」
「うへー、あっぶねー。怪我してて良かったって初めて思ったわー」
相変わらず遠慮無く照り付ける太陽、ジリジリと焼ける様な陽光に炙られながらも屋上のど真ん中に寝転がった田中が大きく息を吐き出した。
若干顔色は悪いけど何時も通りの軽口、意外と元気そうな事に安心しながら改めて屋上を見渡せば、確かに先程までは無数に転がっていたゾンビは全て消えていた。
どういう原理か分からないが、倒したゾンビはそれ程時間を経ずとに何処かへと消えてしまうようだった。
まぁ延々とゾンビの死体を見せられたり、悪臭を放ち続けられるよりはマシなんだけど、何か腑に落ちないものを感じてしまう。
―――それよりもだ。
俺は汚れていない事を確認すると田中に倣ってその場に寝転がって同じ様に大きく息を吐き出した。
―――今は疲れすぎていてそんな事些事にすら思えてしまう。
「あー……キツかった。マジでここが地獄かと思ったぜ」
睦月がもう一度辺りを眺め、安全を確認してから座り込む。
先程までそこかしこに転がっていたゾンビを思い浮かべているのだろう、顔を顰めながら躊躇いを見せていたが、それでも最終的に疲労には勝てなかったのか、大きくため息を吐き出すと俺達同様その場に寝ころんだ。
丁度お互いに頭を突き合わす形で三角に寝転がる。
今も校舎にぶつかった悲鳴が反響して降り注いでくる。
今この時も誰かの命が失われているのだと思うと落ち着いてもいられないのかも知れない、だけど流石に目に映らないものにまでは気を回す余裕も無く、とにかく今は自分達がこうして生きていている事だけでも喜ぼうと思った。
「地獄かー、出来たら本気で異世界転移の方向でお願いしたかったんだけどなー」
「はぁ……疲れが増すから妄想垂れ流すんじゃねぇよ」
「はぁーどうして比嘉はそうクールかねー、こんな機会そうそう無いんだからさー簡単には諦められないんですぅー!あっそーだよ!俺はゾンビ倒して無いからレベル上がってないだけで、もしかしたら倒した二人は今度こそレベルが上がって魔法使える様になってるかもしれないじゃんー?ちょっとどっちか魔法使えないか試してくれよー?絶対ワンチャンあると思うんだよなー」
「嫌だよ」
「あぁ……いい事思いついたわ。田中今すぐトラックにぶつかって来いよ?半年くらい前に毎日そんな話してたじゃん?……な?ちょっと行ってこいって、マジで。それならワンチャンあるかもだしさ」
「あっそれ名案だね。もし魔法使える様になったら俺達を助けに戻ってきてよ?待ってるからさ」
「あーそれなー……嘘だったんだぜー!先月石田先輩がトラックに轢かれたらしいんだけどさー、異世界転移じゃなくて救急搬送されただけだったらしくてさー、命に別状は無かったらしいけど両足骨折してまだベットの上で唸ってるぜー」
危うく騙されかけたわーなどと憤慨する田中を他所に俺はゆっくりと起き上がる。
そう言えば先程まで頻繁に聞こえていた悲鳴や叫び声が聞こえないのだ。
フェンスまでゆっくりと近付くと外を見下ろしもう一度耳を澄ます。別に俺達に求めた訳では無いのだろうけど、どこからか助けてという声が小さく聞こえ、しかしその後意味のある声が聞こえてくる事は無かった。
「これが現実だつて言うんだからヤバいよね……」
「だな」
いつの間にかフェンスに背中を預ける様にして隣に立っていた睦月が空を見上げて目を閉じる。
見下ろしてしまえば沢山の赤と倒れる人々、もしかしたらそこには顔見知りだって友達だっているかもしれない、だから俺達は空を見上げた。今はなるべくそんな現実を見たくなかったから。見下ろした景色はそれほど酷い光景だったから……。
二メートル程の高さのフェンスに背中を預けたまま、そう言えばと思い出してバックからひどく生ぬるい水を取り出し口に含む。
「飲む?」そう顔を向けると隣にその姿は無く、離れた場所からガチャガチャ!という音に視線を向ける。
すると何時の間にか移動していた睦月がフェンスに取り付くように外を見つめていた。
「マジかよ……」
「おいおい、どうしたー?」
一足早くフェンスへと向かった田中、それに続くように慌てて駆けつける。
「―――橋が……燃えてる」
街と学校を繋ぐ二つある橋のうちの一つが燃えていた。事故でも起こしたのかガソリンに引火して起きたのだろう小規模な爆発音まで聞こえてくる。想像するのに難しく無い程の熱量が橋の下を流れる河川までもを赤く染めていた。
「……実際にこうして学校がゾンビに襲われたけど、実は街も世界も普段通りで、異常を察した自衛隊や警察が出動してくれて、時間はかかってもゾンビは全て倒され平和が戻ってくる。―――何て甘い妄想をちょっとだけしてた」
「きっと誰もがそう願ってたぜ……。だけど現実はこんなんだ。最悪世界中がゾンビだらけなんじゃね……?マジで笑えねぇ」
どうしてこんな事になったのだろうか、事態は最悪に最悪を積み重ねながら進み続けているのだった。




