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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
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七話



「それじゃ予定通り俺がまず飛び出すから、むっちゃんは状況を見て動いて欲しい。田中は怪我してるし安全な場所で待機、もしどっちかが危なそうなら指示なりフォローなり出来る事を頼むよ」


 二人が頷くのを確認すると視線を扉へと向ける。

 指先が白くなる程強く握り締めた金属バット、もう一方の手で触れたドアノブの冷たさがやけに心をざわつかせた。


 ここを開ければ先程必死で逃げたゾンビが大量にいるだろう。

 もしかしたら何かしらの原因で増えている事はあれど、扉を開けて屋上から降りて行ったり、自主的に屋上から飛び降りてくれていたり……何て都合よく減っている等とは流石に考え難い。


 正直屋上に来たのは武器や使えそうな物を取りにくるだけの寄り道なのだ。先程も少し話し合ったが正直それぞれが学校から出なくちゃいけない理由がある。


 例えば睦月なら佳奈ちゃんを助ける為に女子寮へ向かいたいし、俺は田中を病院へ連れて行ってやりたいし、出来れば部の皆の安否だって確かめたい。

 詳しくは話さなかったけど田中にも行きたい場所があるらしい、だから部室から出る事がどんなに恐ろしくてもずっと篭っている訳にはいかなかった。


(―――大丈夫、大丈夫!)


 自己暗示を掛ける様に強く念じ、何度も何度も自分に言い聞かせる様に繰り返す。

 握りしめたドアノブを僅かに捻って後ろを振り返る。二人共やや硬い表情ではあったけど準備は良いと頷くのを最終確認とする。



 ギギギ……。今まで気にした事も無い様な音がやけに大きく聞こえてくる。

 内開きの扉がゆっくりと開くにつれ、隙間からは室内よりも重たくてドロッとした空気が悪臭と共に流れ込んで来る。その肌に纏わりつく様な嫌な空気はベッタリと身体中に張り付き、緊張感と相まって体が数割重く感じられる程の違和感を感じさせた。


「―――っ!」


 外気が流れ込んできたとは思えない程に一気に濃くなる悪臭が鼻を刺激する。余りの臭いにえづくのを堪え、涙目になりながら慌てて最低限だけの口呼吸に切り替え、そこで屋上が想像以上に静かな事に気が付いた。

 慌てて目配せして周囲を探ると、何故か近くのゾンビはピタリと動きを止めていたのだ。

 何だ?そう思った瞬間だった。


 ―――グルリ。

 そう音が聞こえた気がした。

 メリメリと首が嫌な音を立てながら回る。当然人間の関節の稼動域など無視してだ。

 ゾンビが背中越しに見つめてくるその光景は、一人なら今すぐ回れ右して部室に籠っていたかも知れない。

 だけど傷付いてまで気丈に振る舞う田中の前でこれ以上の無様もさらせないと歯を食いしばって向かい合う。


「ヴヴヴ……」


 小さく低く唸り声をあげながらゆっくりと動く目の前のゾンビ、それはグルリ捻じれた頭を支点にするかの様にゆっくりと胴体を回し、酷く緩慢な動作で両手を振り上げ―――。


 ヤバい!身震いするほどの恐怖を感じた瞬間慌てて下げた頭の上、数本髪の毛を巻き込みながらブンと振られた腕が通り過ぎる。


「つぅ―――あっぶなっ……」


 思わず突いた尻餅、そのままボディープレスの様に身を投げ出してくるゾンビ、それを転がって躱すと勢いそのままに立ち上がる。


 自分と仲間の位置を再確認する為に急いで周囲を見回し、俺は後ろから続く二人とぶつからない場所を定めてその場を離脱する。

 コンクリートの硬い地面が着地と同時にタンと鳴り、体勢を立て直そうとする俺目掛けて近くをうろついていたゾンビまでもが一斉に向かってくる。


 視界の端では睦月が動き出してくれている事を確認し、だったらと回り込む様に奥のゾンビへと向け方向転換すると一気に加速する。

 ゾンビとの距離が一気に詰まる。先程の容赦の無い一撃が頭を過り、息苦しい程のプレッシャーに曝されながら、それでも少しでも自分に有利な位置取りをすべく恐怖の先へ一歩踏み出す。


 これまでに無い程に集中出来ているのか、目の前のゾンビが腕を振るうのが見える。

 冷静に見る事さえ出来れば、それはただ掴み食らおうとするだけの本能に従っているだけなのか酷く単調なものだった。

 良く言えば振るう事にのみに特化させた容赦の無い一撃、だけど言い方を変えればただ全力で振るわれただけの一撃、それをバットを下から潜らせるように払い飛ばす。

 バットと腕が当たった瞬間僅かな抵抗と共にブチンと飛んでったゾンビの腕、クルクルと回転しながら飛んで行った腕は着地と同時にベチンと地面を叩く。


「ガアアアアアアッ!」


 痛覚なんて物は無いのだろう腕を失っても怯む事は無く、しかしゾンビは不満を示すかのように大きく吠えると残された腕を振るってくる。

 俺はバットを振り切った体勢から無理やり前に回転する事でその一撃を何とかやり過ごし、立ち上がるのと同時に振り返る遠心力そのままにもう一度バットを振り抜いた。


「せいっ!」


 確かな手応えの後、少しだけ離れた場所で再びペタリと音が鳴る。

 それが何を意味するかを理解するよりも早く引き戻したバットを胸の前で構え、それをゾンビの胸へと思い切り突き出した。


 ―――ズブリ―――

 泥に腕を突っ込んだ様な嫌な手応えが残る。それでも死なないゾンビは諦める事無く尚も俺目掛けて進んでくる。

 ズブリズブリとゾンビが体重をかける度にバットはその胸へと埋まって行き、徐々に近くなるゾンビとの距離がこれでもまだ殺せないのかという焦りを強くする。


『ヴヴ……』


 接近するゾンビが小さく呻き声をあげるのが耳へと届き、その瞬間ゾワリと背筋に寒気を感じ俺は慌ててバットを手放した。


 ―――ガチィィン!

 直後それまで俺が居た空間をゾンビの顔が通り過ぎ、周囲に乾いた音を響かせる。


 頭突きを空ぶったかの様なそれは俺の首筋を食い千切る様な軌道だった。

 宮井川の死をトレースする様なその一撃に身震いしながら、それでも俺は必死に仰け反り何とか躱わす。


「―――っ!!」


 右手を後ろ手に突き、その反動を利用してクルリと回転しながら立ち上がる。尚も目の前で左右に揺れながら向かって来るゾンビ、その胸には深々とバットが刺さったままであり、殺しても死なないその在り方に恐怖を感じて竦みそうになる。


「どこまでも出鱈目かよ……」


『ア……ヴァ……』

 

「―――あきとん!頭だ頭!頭を潰せ!」 


 死を直視し、死と向き合う事を迫られた恐怖心、一度睦月がゾンビを倒している事など頭の中から綺麗さっぱりと抜け落ちていた。


「サンキュ……そうだったね」


 小さく睦月に感謝を零し、一度冷静になろうと悪臭混じりで大して美味くも無い空気を肺一杯に吸い込み一気に駆けだす。

 両腕の無いゾンビへと一気に近付くと、必要最低限の動きでバットを引き抜き一度斜めに身を躱す。

 ゾンビの顔が一秒前まで俺がいた空間を削り取り、それによって目の前に無防備に晒された後頭部、それを確認しながらそこへと目掛けてバットを叩きつけた。

 ゴグッと何とも言えない嫌な手応え、その結果として後頭部を大きく凹ませたゾンビはゆっくりと倒れていき、それ以上動く事は無かった。


「あきとん大丈夫か?」


「大丈夫……、頭を潰せば良い何て完全に頭からぶっ飛んでたよ。ありがとね」


「おろ?意外と冷静だったんだな。緊張してカチカチんなってるのかと思ってたぜ」


「あはは……むっちゃんは凄いね。ゾンビ相手にでも無双じゃん?俺なんて言うとおり正直パニック一歩手前だったよ」


 苦笑いしながらそう答える。逆に睦月は緊張しないのだろうか?睦月の動いた後にはすでに三体ものゾンビが転がっているのがみえる。


「……いや、俺だって怖いよ。それに殺すのが上手いとか誉められてもな?」


 肩を竦めて溜息を吐く睦月の表情はやはりすぐれず、武術の経験の有る無しに関わらず命のやり取りがきついって事は一緒なのだと思い知る。


「二人共ー、来てる来てる来てるってー!そこでゆっくりしてる暇なんて無いんだぞー!もういらなくてもーまだまだおかわりは沢山なんだぜー」


 俺達が止まって話をしていたからだろう、田中がゆっくりと向かってくるゾンビ達を部室の扉の前から指差しながら訳の分からない例えを叫ぶ。

 怪我人は動かなくて良いとは言ってあったけど、何かあればすぐに逃げられそうなそのポジションは確かに安全そうだった。


「クソッ、怪我してなければ張り倒したい位にウゼーな……。しゃーない、田中に言われて動くのも癪だけど、さっさとやるか!」


 言うが早いか動き出した睦月は、再び集まり始めていたゾンビ達へと向けて走り出す。


「ったく……気軽に言うよなぁ」


 ちょっとそこのコンビニ寄って行こうぜ、それ位の気軽さで走り出す睦月、その背中を諦めを吐き出しながら追いかけるのだった。


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