六十五話
本日二話投稿、エピローグ一話目です。二話目は十八時に投稿します。
エピローグ
「悠璃ちゃん!良かったのです……本当に良かったのです」
俺達の姿が見えた瞬間には駆け出したのだろう、離れた場所に見える一団から誰よりも早く駆けつけた紗希は悠璃に勢いよく抱きついた。
「おわわっ、あはは……紗希、ただいま……何とか無事に戻ってこれたよ」
「はい、悠璃ちゃんは頑張ったのです!ちゃんと―――ちゃんと愛美さんも助けてきてくれました。本当にありがとです」
「うん……」
そう短く返事をした悠璃は俺の背中に隠れて歩く愛美さんに視線を送った。
未だに虚ろな瞳、視線を周囲へと彷徨わせる愛美さんは、胸元を掻き抱いたまま俯き歩く、その様子は何処か知り合いすらいない土地で迷子になった子供の様でもあった。
そんな彼女を目にする度に辛くなり、こんな風にした袴田達に怒りを覚えずにはいられなかった。
とは言え愛美さんをこんな状態にした張本人が恐らくはこの世に存在しない事だけがせめてもの慰めか、きっと今頃は報いを受けるべく新しく出来た仲間達とアーウーアーウー楽しく言い合っている事だろう。
―――だとしてもそれで愛美さんの悲しみが癒える訳ではないのだ。俺は二人と視線を合わせ小さく頷いた。
紗希は悲しそうに視線を一瞬だけ下げると、少しだけ声のトーンを上げながら嬉しい事があったと声を上げる。
「そう言えばカノン先輩と海先輩にも先程会ったのです!二人は私達と別れた後、保健教諭の裕子先生達と行動を共にしていたみたいなのです」
「ほんと?ああ良かったなぁ……。それに裕子先生も無事だったんだ。本当に一人でも多く生き残ってくれてたなら嬉しいよな」
そんな喜ばしい話に悠璃と一緒になって胸を撫で下ろす。
沢山の悲しみの中で色々な感情が鈍化しすり減っていく中、恐怖や悲しみに埋もれてしまい、幸せだとか喜びだとかなんて皆が忘れてしまいそうだけど、こうして誰かが無事だったと喜び合えるならまだ大丈夫だと思う。
少し早めに感動の再開を果たした二人の少女、その話が離れ離れになってしまった仲間の事になった頃、少し離れていた一団が近付いてくる。
漸くお互いの顔まで分かる程の距離になった時、睦月が小さく手を上げお互いの無事を確かめ合った。
「海、見るのデース、愛美も一緒なのデース!」
「え……?本当だわ……。愛美!愛美っ!」
近付いた事で俺の後ろに居た愛美さんが見えたのか、海さんとカノンさんが声を上げながら走り寄ってきた。瞳に涙を浮かべて無事を喜ぶ二人を見て、愛美さんはその場で幼子の様に泣きじゃくって座り込んだ。
一瞬だけその背中へと手を伸ばしかけ、だけどその手をすぐに引っ込める。きっとその役目は俺じゃないと思ったから。
だから近寄ってきた二人へと小さく頭を下げて俺はその場から離れ、ゆっくりと歩いてくる睦月の元へと向かった。
「あきとんお疲れっ、」
「むっちゃんもお疲れ様」
突き出してくる拳に軽く自らの拳をぶつけ、互いの無事と健闘を称え合う。見た目はかなりボロボロに見えるけど、それでも目立った怪我が無さそうな事にホッと息を吐き出す。
「愛美さん、大丈夫そうか?」
「結構酷い目に遭ったみたいだからさ、やっぱり精神的には心配かな。―――でも大丈夫だって信じたい」」
「だな……、心配だけど、まぁ愛美さんの傍にはあの二人が居るし、だったらきっと大丈夫だろ?時間がかかったとしてもきっとまた笑える日だってくるって信じてるわ」
「そうだね……。あっそう言えばさ、むっちゃんが元気にここに居るって事はあの黒いのを無事に倒したんでしょ?」
「あー……まぁ結果的には確かに倒したんだけどさ、結局俺が美味しいとこ取りしただけで、実際は阿部のお陰ではあるし消化不良っちゃ消化不良だよな。とは言え死んだらそれまでだし最後に生き残った俺の勝ちだけどな」
「うわ、しぶといなぁ……あいつあの状態でまだ生きてたんだ。それにむっちゃんの言う通り、間違いなく最後までその場に立っていたむっちゃんの勝ちだと思う。誇って良いと思うよ」
「ああ……お互い、お疲れ様」
睦月は照れたのか一度小さく鼻の頭を掻くと、パンパンと俺の肩を叩いて後で待ってくれていたのだろう、教師の団体へと向き直り小さく手をあげた。
俺達の会話が落ち着くのを待ってくれていたのだろう、教師たちがこっちへ歩いてくるのが見える。
先頭を歩いてきた裕子さんは咥えていた飴を口からポンッと取り出すと小さく揺らして見せた。
「話は終わったかい?何はともあれ諸君が無事な様で良かった」
「裕子さんも無事だったみたいで何よりです。と言うか裕子さんがゾンビにやられるとか、どうしても想像できないですもんね」
「ふふっ、誉め言葉だ捉えておくよ。そういう稲田も頑張ったみたいだな、比嘉から歩いてくる途中少しは聞いているよ」
裕子さんはそう言いながらニヒルに笑った。どこか独特な雰囲気の彼女にはそんな虚無的ともとれる表情がよく似合うのだけど、表情が乏しいだけで実際はそこそこ熱い人間だったりするから面白い。
「一応先生達にも俺達が何してたか位は説明しながら来たからな、袴田の件と黒いゾンビを罠に嵌めて倒した所までは説明不要だわ」
教師達の一団へと目を向ける。そこには裕子さんの他、七人の教師の姿が見えた。
その中には俺達の担任だった近藤先生の姿も見え、そこまで久しぶりな訳でも無いのに、だけどなんだかやたらと懐かしい気持ちになる。
すると俺の視線に気が付いたのか、近藤先生が近寄ってきて眉根を寄せた。
「稲田、お前達も良く無事だったな。俺達も必死で無事な生徒達を探しているんだが中々見つからんからな、嬉しいよ」
「先生達も無事で良かったです。因みに現時点で無事な人ってどれ位いそうなんですか?」
近藤先生は顎に手を当て撫でながら、辛そうに僅かに眉根を寄せる。
「恐らく良くて三割……、間違いなく半分は残っていないんじゃないかって言うのが正直な予想だな。寮とかの方まで確認に行ければもっと詳しい数も分かりそうだがな、校舎をもう少し調べたら今度はそっちに行ってみるつもりだ。それにしても―――聞いても良いのか?稲田のその頭どうしたんだ?随分とイメージが変わったみたいだが……」
「え?っああ、そう言えばそうでした……。これ死にかけたら何時の間にか真っ白になってたんですよね……。毎朝鏡と向き合うような状況でも無くてそんなに気にならないんですけど、やっぱり可笑しいですか?」
「いや大丈夫だ。そもそも若けりゃ大体の事は似合うもんだ。それにこの状況だと学校再開なんて出来るかどうかも怪しい所だからな……、それでも教師として言うのなら、登校日までに染めておいてくれよ」
教師達とそんなお互いの状況を確認するかの様なやり取り、何時の間にか傍へと戻ってきていた悠璃達、それに海さんとカノンさんは愛美さんの肩を抱きながら近くに寄ってきて話を聞いていた。
教師達は何とも言えない表情を作り「頑張ったな」とだけ口々にすると、もう少し休んだら出発するからなと離れていった。
「愛美を助けてくれてありがとう。本当に感謝デース」
「ええ……、ああして勝手に飛び出して行ったのに、私達には何も出来なかったから……本当にありがとう」
二人は愛美さんを追いかけて飛び出した後、後から追いかけてきた男達に捕まりそうになり、だけど寸での所で裕子さん達のグループに助けられたのだという。
すぐにでも愛美さんを探しに向いたかった海さんとカノンさんだったけど、がむしゃらに突っ込めば助かるのか?という裕子先生の言葉に何も言い返せず、それでもちゃんと一緒に助けに行くから信じろという言葉を信じて、裕子先生達が行動する時の拠点として使っていたという保健室へと一度向かったらしい。
保健室へ向かうと丁度周辺の捜索を終えてきた教師達が保護したと言う生徒を連れてきており十人程が身を寄せ合っていた。
海さんとカノンさんが視聴覚室で起きた出来事を話すと、男性教師二人と女性教師一人それに優子さんの四人が助けに行って来ると立ち上がり、そんな教師達を見て一瞬悩んだらしいけど、もしかしたら視聴覚室に愛美も捕らえられているのではないか?そう思い直し四人に付いて行くことにした。
ゾンビを徹底的に排除した廊下を教師達へ教え、急いで視聴覚室までの道を進んだ六人だったが、何が起こったのかそこは既にもぬけの殻だった。
捕らえられていた筈の生徒会の面々は疎か、暴走していた男子生徒達の姿も見えなかった。ただ皆で運んだ食料や水だけはそのまま残っており、ここにまた戻ってくる可能性は捨てきれな等と話し合っていた時、校舎全体を揺るがせる程の大爆発が起きた。
再び校舎で起きた爆発に暫く息を潜めながら、一体今何が起こっているのか、裕子さんはそれをずっと考えていたらしい、だけどそれを知る為にはここで黙って待っているよりも行動した方が分かるだろうと結論付けて動き出した。
そして校舎から出た所で睦月と紗希の二人に会ったらしかった。
「そして今に至るという訳」
疲れた表情で微笑む海先輩、それを見守るカノン先輩は悪戯っぽく笑うと俺に近寄り髪の毛を撫でてくる。
「オーゥ……それにしても秋斗、良く見ればこんなになってしまって……怖かったのデースね。可愛そうにデース」
「―――えっ?」
急に視界が真っ暗になり、一瞬何が起こったか分からずに混乱する。
ほんの僅かな間を置き、自分がカノン先輩にぎゅっと抱きしめられている事に気がつき、嬉しいとか柔らかいなとかに気が付くより前にまずひたすらに焦る。
しかしゆっくりと状況を把握すると、今度は香水か何なのかも良く分からないけどとても良い香りにクラっとし、決して大きくはないがしかし十分に柔らかな感触を顔に感じて硬直する。
部内どころか学校内でもかなり上位に位置する程美形なカノンさん、そんな彼女からの突然の抱擁に舞い上がりかけ、しかし天国と同時に地獄の痛みが脇腹に襲い掛かり俺は慌てて現実へと引き戻されて飛び跳ねる。
「うふふふ……秋斗先輩は目を離すと必ず誰かとイチャイチャしてるのです」
その声と痛みに慌てて目を向ける。そこには矢尻を俺の脇腹に押し付けながらジト目を向けてくる紗希の姿があった。
何だかその迫力に慌ててゴメンなんて謝ってしまったんだけど、四六時中ゾンビだらけなのにイチャイチャなんて基本してないと思う。
「はぁ……本当にもう……。悠璃ちゃんが可哀そうなのです」
「どうしてここで悠璃の話題になるのかが謎何だけど……」
「はぁ……本当に朴念仁です」
紗希はこれ見よがしな大きなため息を吐きながら悠璃の肩を抱いて離れていった。
「くくっ……あきとんはやっぱりあきとんだわ」
腹を押さえてクツクツと声を堪える様に笑う睦月を若干恨めしい様な気持ちで見つめるけど、そんなのどこ吹く風の睦月の態度に諦めて空を見上げるのだった。




