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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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六十六話

本日二話目です。


 その後文化部の密集する部室棟へと案内された俺達は、そこで先生達が保護していた生徒達数人とも顔を合わせた。その中には何人かの顔見知りもおり、お互いが無事だった事を喜び合った。

 どこで誰それが亡くなった、そんな情報がいくつも飛び交った。


 自分だけが運よく助かったけどこれからどうしようとか、友達と二人で何とか生き延びたのだと語った生徒達も、ここに辿り着くまでに起こった地獄の様な光景に涙していた。

 生きている人達がバラバラに集まり、そして無事を喜び合う事で新たに悲しみが生まれる。何だか難しいよなと思っていたところに助け船の様に食事が提供された。


 こんな時だし誰も本気で笑う事など出来ていなくても、それでも皆で食べる食事は人の心を落ち着ける。

 少しだけでも心を落ち着けた人達はそれぞれに辛い思いを抱えながらも、それでも無事だった仲間達と思い思いの時間を過ごし、そして辛い記憶を忘れたり、乗り越えたりしていくのだろう。



「何だかこの空も見慣れてきたな……」


 夕食を食べ終えた後の部室棟の屋上、なんとなく落ち着かない気分だった俺は一人で然程広くは無い、それこそ申し訳程度の屋上へと風に当たりにきていた。

 壁に預けた背中がひんやり冷たく心地良い、膝を抱えて座ったまま夜空を見上げる。

 一人黄昏ながらゆっくりとした時間に身を任せる。どんなに偽物の空だろうと無いよりはマシかもなと思える程度には慣れてしまった。


 ―――ギギギ……。

 何処か遠慮がちに扉が軋む音がする。控えめ鳴ったその音は続く足音を連れて静かに空に沁み込んで行く。


「あ、秋斗ここに居たんだね。えっと、一緒に居たらお邪魔……かな?」


「ううん、大丈夫」


 扉から顔を覗かせた悠璃に答えると、安心したような笑みを浮かべて近付いてくる。

 隣に座ろうとした悠璃を一度制止し、取り出したハンカチを隣に敷いた。

 悠璃は少しだけ照れ臭そうに「ありがと」小さく呟いてから隣に座り込んだ。


 隣に座った悠璃だったが、暫くは特段何かをでもなくただ二人でボーっと空を眺める。そんな静かな時間がゆったりと流れていく。

 こんな時間も悪くないと思いながら、どれ位そうして二人で見上げていただろうか、ふと愛美さんの事を思い出し悠璃に視線を向ける。


「そう言えば、悠璃と紗希も愛美さんの傍に居てくれたんでしょ?ありがとね」


「ううん……当事者じゃない他人が愛美さんの気持ちを分かるなんて言えないんだけど……。それでもショックで今もまだ話せない程に塞ぎ込んじゃってる愛美さんを見ちゃうと、どんなに辛かったのかな……って、悔しかったんだろうなってそれだけは分かるから」


「だなぁ……正直異性の俺にはあんな状態になってしまった愛美さんに何て言えば良いのかなんて分からない、多分絶対にその辛い気持ちは理解してあげられないんだろうなって思う」


 小さく頷いた悠璃、その拍子に瞳に溜めていた涙がぽろりと零れ落ちる。

 俺はポケットティッシュを取り出しそれを悠璃へと差し出した。


「でもさ、今は言葉も出ない程、もしかしたら死にたい程にきつくてもさ、もしかしたら将来生きていて良かったって思える事があると思うし、そうじゃなくても俺は生きていて欲しいと自分勝手かも知れないけど願ってしまう。だって生きてさえいればどんなにきつくてもそこには絶対に未来が生まれるからさ」


 俺はそう話すともう一度夜空へと視線を向けた。そう、生きてさえいれば、生きてるだけで……。


「うん……生きていればどんな気持ちだって変わる事ってあるよね。ボクだってこうして男の人とまた自分から話す日が来るなんて思ってもみなかった。未来の事なんて誰にも分らないよね」


 そう呟いた悠璃はとても自然に、とても柔らかく笑って見せた。その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも可愛らしく見えた。だけどそんな自然な笑顔はすぐに陰ってしまい、どこか緊張した様な気配に変わる。

 どうしたのかと視線を向けるとそっぽを向かれ、俺は苦笑いしながら空へと視線を向けなおした。すると悠璃は小さく、本当に小さく呟いた。


「その……ありがと、ね?」


「どういたしまして」


 一言お礼が言いたくてそこまで緊張してたのかよと少しだけ可笑しくなる。やっぱり女の子は分からないなと小さく笑いながら返事をした。


「もう、ボクが何を言いたいか何て絶対分かってないよね……」


「ん……何が?」


「ううん、別にー」


 組んだ両手を上へと持ち上げる様に伸びをしながら、こちらを向くこと無く何でもないという風に呟いた悠璃の頬は少しだけ緩んでいて、顔つきも僅かに赤みを帯びているけど先程までの緊張は消えている様だった。


 ありがとうか……。

 勿論運も多大にあったかも知れないけど、それでもこうして生きて話していられるのも、睦月は勿論、悠璃と紗希の力もあっての事なんだよな。そう思うと俺の方こそ感謝の言葉しか出ないんだけどな。

 それに、だ。この数日で思わず見惚れてしまう程、随分と大人びた表情を見せるようになった少女をチラリと見つめ、思わず僅かに笑みが浮かぶ。


「え?何?何?ボクの顔に何か付いてる?」


「いや、付いて無いよ。ただ俺の方こそ皆に感謝しないとなって思ってただけ」


「えぇ……感謝なんて必要ないよ。秋斗はボクを何度も救ってくれた。もう返せないだけの恩を受けちゃったもの」


「そんな事無いよ。皆が居なかったら俺もここに居なかったと思うし、―――ってその顔は納得してない顔だよね。んじゃ仲間なら当たり前だしお互い様って事でどう?」


「うん!じゃぁお互い様だね?」


 くすりと笑う悠璃はやっぱり初めて出会った時よりも数段大人びた表情だった。


「あ、秋斗ちょっと動かないでね?」


 ん?ゴミでもついてたかな?視線を正面へと向ける。大きな明るい月は少しだけ俺達の影を地面に映し、少しだけ、本当に僅かに浮かんだ影が一瞬だけ重なった。


「……っ!」


「悠璃ちゃ……」


 一瞬だけ頬に触れる柔らかな感触は少しだけ湿っていた。そしてそれは本当に一瞬の接触だったけど、俺を混乱させるには十分すぎる程の破壊力だった。


「お礼だよ?そう、お礼だから」


 目を白黒させて心拍数を急上昇させる俺をよそに、悠璃はニヘヘと蕩けそうな程に柔らかく、どこか幸せそうな笑顔を残して立ち上がる。


「見ーてーたーのーです!」


 その瞬間の悠璃の表情を俺は忘れる事は無いだろう。頬を赤らめた紗希が俺達を指さしながらそう叫んだ。

 悠璃は口をポカーンと開いたまま、ボッと顔を赤らめると言葉にならない叫びを上げながら走り去ってしまった。


「逃がさないのです!事情聴取なのです!」


 紗希がそんな事を叫びながら逃げた悠璃を追いかけるのだけど、きっと足の速い悠璃が紗希に追いつかれる事なんて無いのだろう。


 残された俺は未だに熱を持った様にジンジンと熱い頬に手を当て、再び背中を壁に預けようとして思い切り頭を壁にぶつけてしまい、その場で頭を押さえ蹲る。

 後頭部に広がる鈍い痛みと心臓が弾けそうな程の驚きと、そして思わずニヤケてしまいそうな照れ臭さを抱きながら俺は一度目を閉じた。


 目を閉じると皆の笑顔が浮かんでくる。

 田中の場違いな程に明るかった笑顔。

 睦月の見る人を魅了する大人びた笑顔。

 悠璃のひまわりの様な屈託のない笑顔。

 ……紗希だけは半眼で俺を睨んでいた。

 そうやって浮かんだ皆の笑顔に、自然と俺にも笑みが浮かんだ。

 田中の事は悔しくてたまらないけど、それでも一つの山場を乗り切れた。

 だから今だけは笑ったって良いよな?きっと皆も許してくれるはずだよな。

 だから今は笑っておこう。明日もまた生き抜く為に。




いつも読んで下さりありがとうございます。これにて二章終了となります。

三章は執筆中です


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