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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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五十五話

 時は少しだけ遡り、秋斗と別れてすぐの事でした。

 胸が痛くなる程に絶望的な状況、これまで沢山のゾンビに変わってしまった人達を見ていたから分かる。多分秋斗はもうすぐゾンビになってしまうのだろう。

 そんな事当然秋斗にだって分かっている筈なのに、秋斗は最後まで文句も泣き言も一つも言わずに別れを口にした。

 まるでそれが当たり前かの様に一人で死地へと向かって行った。

 ううん……、その言い方は卑怯だ。ボクが秋斗を死地へと向わせてしまったんだから。


「悠璃ちゃん、本当にこれで良かったのですか?」


 静寂を破るように紗希がそう口にした。紗希の言葉は責める事はせずに、ただ静かに問いかけるものだった。


「っ……そんなのっ!」


 良くはない!そんなの良いわけが無い……。でもどうしてもその続きの言葉が出て来なかった。


「今日は死ぬには良い日……それって確か死に場所は自分で決めるって言う意味と、もう一つ……死に場所を間違える事程辛い事は無いって言うニュアンスだった筈なのです。秋斗先輩は私達を助ける為に死を選んだ。―――いえ……死を選ばせてしまう程に、私達が秋斗先輩を頼り切ってしまっていたという事だと思うのです」


「―――っ!」


「それで良いのですか?悠璃ちゃんはそれでも良いのですか?トラウマと向き合うのはきっと簡単な事じゃないのだと思います。でも今、過去から逃げて、秋斗先輩(げんじつ)から目を背けて、それでトラウマは何時か消えるのですか?私はもしも死ぬのなら今日死にたいです。……悠璃ちゃんはどうですか?」


「私も……私だって……!」


 ふと脳裏に過る光景、窓ガラスに映った私、まるで男に媚び諂うかのような表情を浮かべる自分がガラスに映る姿にゾッとした。

 あの日、あんなに絶望したのにそれでもまだ私は笑うの?


 だけどそう考える自分とは違う私もそこにはいて、その私はずっと誰かに助けて欲しいって思ってた。

 願っていた……。


 子供の頃に憧れていた物語の王子様が颯爽と物語を解決する様に、私のトラウマごと救ってしてくれないかと。

 だから助けてって言葉にならない思いを心の底ではずっと叫び続けていたんだ。

 だけど結局何か起こったとしても、下心なく男の人が助けてくれるなんて、それこそおとぎ話の中だけだって思っていたし、そんな王子様は自分に現れっこないって諦めていた。

 なのに……。それなのに。


「変われるかな……」


「悠璃ちゃんなら変われるのです」


 紗希の言葉が胸に沁み込み、私はギュッと目を閉じる。


「紗希……私は変わりたい。もう一回だけ私にも王子様が居るんだって信じてみたいよ」


「はいです。でしたら待っていてはダメです。悠璃ちゃんが自分で王子様を迎えに行かなきゃダメなのです!」






 ―――バァァアン。

 重い扉が閉まる音がして、すぐにカチンと鍵が閉められたのが音で分かった。


「ごめんね秋斗……折角そんなにボロボロになってまで助けてくれようとしたのに、台無しにしちゃってごめん。でも紗希に言われて分かったの、変わらなきゃいけないのは自分自身なんだって……。最後まであんな男の幻影に脅え続けて、助けようと最後までもがいてくれた人の手も取らないまま、ううん……取れないまま終わりだなんて嫌だなって思った。だから……。あははっ……本当に我が侭でごめんね」


 そう話した悠璃は、傷つき動かす事も億劫になった手を握ってくれた。その顔はつい先ほどまでトラウマに泣いていた少女とは思えない清々しい表情だった。


「私はもう大丈夫だからっ」


 うん、大丈夫、その言葉を聞くまでもなく、悠璃が大丈夫そうなのは顔を見ただけで分かったから。

 もうすぐ消えて行く身、それでも最後にこの心優しい後輩に何かを残してあげられたのなら、一つでも力になってあげられたのなら、それはとても嬉しい事だと思っ。


「そっか……良かった」


「私もごめんなさいです……。でも、秋斗先輩が私達を助けたいと思ってくれているのと同じように、私達も秋斗先輩を助けたいと、そう願っているのです。ここで弄られる秋斗先輩を見捨てて、それで得た数時間、もしくは数日の命にどれ程の価値があるのかを私には分からなかったのです。―――だから最後は秋斗先輩の言葉を借りる事にしたのですよ?今日は死ぬのに良い日なのです。だから何が起こったとしても、私達の死に場所は私達が決めるのです」


 二人から伝わる有無を言わせぬ空気、自分が守ると決め、助ける為に最後に残された命をベットしたつもりだったけど。

 何だかなぁ……あんな呟きがまさか聞こえていたとはな。


 最後の最後位格好つけようと思ったのに、どうやらこの二人は俺に格好つける事すらも許してくれないらしい。


「参ったな、聞こえてたのかよ……」


「聞こえちゃってたのです」


 悪戯っぽい表情を見せる紗希は、大丈夫かどうか一歩離れて俺達の事を見守ってくれていたのだろうけど、悠璃がもう大丈夫だと思ったのだろう、紗希はぴょんと悠璃の背中に抱きつき、そしてギュッと抱きしめた。


「ふふっ……悠璃ちゃん秋斗先輩に助けて貰って本当に良かったのですね?―――それにしても悠璃ちゃんの私なんて、何だか久しぶりに聞いたのですよ」


「ぷっ……。あはは、俺なんて初めて聞いたよ?何だかすっげぇ違和感」


「え?えええええ?何それ酷いよ!せめてそこは新鮮、でしょ?もぉボクだって女の子なんだから私の一つや二つ位言うよ!」


 三つの笑い声が重なり合い、最後になるかもしれないのに、しかしそれを忘れさせる程に穏やかな時間がゆっくりと流れた。


 大きく息を吐き出し肩を竦める。何だか全然締まらないなと自分に呆れながらその場でゴロリと寝転がる。正直もう体を起こしているのもしんどかった。

 そんな俺を心配そうに見つめる二人だったが、不意に紗希が何か含むような笑みを見せながら悠璃の隣へと移動する。

 悠璃の隣に座り込んだ紗希は、悠璃と脚を合わせる様に横並びに座り二言三言とヒソヒソ話しをしている。その言葉に悠璃は顔を赤らめながらも何度も頷いている。

 そして……。


「えっと、秋斗……そんな硬い所で一人で寝てないで、ほら、こっちにどうぞ……」


 紗希に煽られ悠璃が顔を赤らめながら恥かしそうに俯く、そして控えめに自分の太ももをポンポンと叩きながら片手で手招きする。


「ほら、秋斗先輩、悠璃ちゃんの気が変わらないうちに早くなのですよ。今から悠璃ちゃんがトラウマを克服したっていう証明をするのです」


 紗希は悠璃を突然奇行に走らせる様に指示したのか、その様子を楽しそうに見つめて更に煽っていく。

 一体何が起きようとしているのかを、最早回らない頭で必死に考えながら、しかし余計にテンパり頭よりも目の前がグルグルと回る。


「もう、仕方無いなぁ……ほら、秋斗」


 悠璃は視線を僅かに逸らしてそう呟くと俺の頭を持ち上げ、そして自らのふとももの上に丁寧に乗せてくれた。

 後頭部が柔らかさに包まれる。悠璃がくすぐったいのか僅かに身じろぐ度に甘い良い匂いが鼻腔をくすぐり、何時もとは違う表情を浮かべる悠璃に覗き込まれながら、死ぬ前にご褒美貰っちゃったなと照れ笑うしかなかった。

 顔を隠そうにも、もう動かない腕では照れ隠しに顔を覆う事も出来ないけど、それでも僅かな抵抗で目を瞑る。


 ふと今朝の夢の続きが瞼の裏に思い起こされた。


(「―――そう言えば秋斗は将来何になりたいとか夢はある?」)


(「僕はね……ヒーローになりたい!」)


(「ふふふっ、だったら一杯食べて強くならなきゃね?皆を守れる人になるのよ?」)


(「うん!お父さんもお母さんも、友達も!皆僕が守るからね!」)


(「ええ、それまでは私たちがちゃんと見守ってるからね?ゆっくりと成長しなさい」)


「ははっ……そう言えばそうだった」


「え?」


「ああ……いや、今朝夢を見たんだ……。まだ俺が小さかった頃の夢、あの日母さんに何になりたいかって聞かれてさ、俺ヒーローになりたいって答えたんだったなぁって」


「だったら秋斗はボクのヒーローだよ」


「ええ……、ははっ、何だか言わせたみたいでごめん」


 誰か一人でも認めてくれる事が嬉しかった。なりたかった自分に僅かでも近付いて生きていたって思えた事が嬉しかった。


「でも、ありがと」


 隠す事すら出来ない顔、頬が赤らむのを感じて何だか照れ臭くて、でも心地良い時間を過ごした。

 そろそろ話しているのも本格的に辛くなってきた。そんな時コンコンと突然のノック音がした。


「誰かいるか?居たら開けてくんね?」


 分厚い扉の奥から僅かに聞こえた声、それは無事を案じていた一つの心残り、親友の声だった。



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