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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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五十三話

生徒会長視点のお話ですので読まなくても話的には繋がります。寝取られ要素がありますので苦手な方は飛ばしてください。


 ―――side加賀谷悟―――



 もう自分の体が冷たいのか熱いのかすら分からない、全身何処にも感覚は無くそれは漏れなく指先の末端まで同じだった。

 自らの指先だと言うのに今動いているかどうかすらも全く分からなく、流れ出る血がどんどんと熱を奪っていき、先ほどまで激痛と共に熱を持っていた傷口すらももう冷たくて感覚が無かった。


 ……自分は死ぬんだろう。このまま十八年にも満たない短い人生の無意味さを抱えながらもうすぐ死ぬのだ。

 そう思い知った瞬間色々な事が思い起こされる。

 色々な後悔が込み上げてくる。

 自分は 彼女一人助けられなかった事を悔やみながら、支え続けてくれた友が生き延びてくれる事を願いながら、考えなしの自分の行動が全てを台無しにしたのだと絶望しながら。

 そうして……自分は死んでいくのだろう。



 学校では生徒会長を務め、教師や大人達の信頼を得る為の努力は惜しんでこなかった。周囲の大人達も努力し続ける自分を信頼してくれているのを感じる事が出来た。

 一緒に生徒会を運営する仲間達にも慕われ、このまま高い評価を保ったまま大学へと進学し、そして良い会社へと就職するのだと、これから先の順風満杯な人生を信じて疑う事などしてはいなかった。


 しかしそんな自分が思い描いていた未来は一瞬にして変わってしまった。


 あの日、世界に突然現れたゾンビという存在が、自分がこれまで必死に築き上げた世界を粉々に破壊した。

 それまで必死で努力して築き上げたものを一瞬で壊され、蹂躙されていくその光景は余りにも絶望的で、余りにも無慈悲だった。


 それでもその時はまだ大丈夫だと思える自分もいた。これは自分に対する一つの試練の様なもので、この状況で人を纏め上げてこそこれからの人生で勝ち続ける事が出来るのだと自分に言い聞かせた。

 途中で現れた大学生の四人組、聟島さん達の協力もあり、事実自分が先導して安全地帯を一日にして作り上げる事も出来た。

 例え世界がハードモードになったとしても、先頭に立つべつき人間が立ちさえすればなんとかなるのだと信じて疑っていなかったのだ。


 だが、それもたったの二つの夜を超える事すら出来ない程度の幻想だったのだ。


 事件は三日目の早朝に起こった。戦力として勝手に期待をしていた聟島さん達が前日の夜に突如としていなくなってしまった矢先の事だった。


「阿部さん!捕まえました!」


 早朝、突然起こったの喧騒にまだ覚め切らない眠気を振り払い起き上がる。一体何が起こったのかと周辺を見回せば、探す必要もない程目の前で起きていた凶行。

 慌しい声に目が覚め一番最初に見た光景は、生島君が後ろ手に捕まっている最悪の光景だった。


「おう!でかしたでかした。後でお前にも良い目を見させてやるからよ!」


「お、マジですか!期待してますよ阿部さん!」


 阿部はそのまま生島君を男から引き取ると、下から上からその姿を舐め回す様に見つめ、そして堂々と胸を鷲掴みにした。


「え……?―――何をす、っがッ」


 阿部と呼ばれた男はそのまま声を上げようとした生島君を襟首を掴んで吊し上げ、そしてもう片方の手で服の胸元を握ったかと思うとそのまま一気に服を破ってしまった。

 制服を引き裂く音がやけにはっきりと耳に響いた。止める間も無くあっという間に下着姿にさせられ生島君の姿、悲鳴を上げる事も隠す事も出来ずに阿部の腕へと爪を立てる。


「おい!お前一体何のつもりだ!生島君に何をする!」


「おう!ピーピーうるせーっつうの!」


 肩を怒らせ阿部へと近寄る寛治の姿が見える。しかし阿部は生島君を掴んだまま、気軽い感じでクルリと半回転するとそのまま回し蹴りを繰り出した。


「がっぶっ……」


 盛大に息の抜ける音を吐き出しながら寛治は勢いよく吹っ飛び、背中を壁へとぶつけるとダラリと倒れて動かなくなった。

 目の前で行われた同じ人間とは思えないその行動に、自分はその光景をただ茫然と眺める事しか出来なかった。

 阿部はそのまま寛治へと近付くと何度か蹴り付け、完全に動かなくなった事を確認すると改めて生島君へと視線を向けた。


「おう、待たせたな?楽しもうぜ!」


「きゃっ……嫌っ!嫌ぁぁぁあああああああ!助けて!助けてぇぇぇぇ!」


 まるで金縛りにでもあったかのようにただ状況を眺めていた。生島君の叫び声に我に返った時には阿部が生島君の上に覆いかぶさった時だった。


「ああああああああああああああああああああ!生島君から離れろぉぉぉ!」


 生島君の上に覆いかぶさる男の背中へと転がっていた椅子を掴んで叩きつける。

 生まれて初めて殺意を持って人を殴りつけた。ガツガツと鈍い音が響き、自分は息が切れるまで何度も何度も叩きつけた。


「おう、痛ぇじゃねぇかよ!」


 ―――え?頬に感じた赤熱感、ボキッと口腔内で何かが折れる音が脳へと直接響き渡り、それを感じた瞬間には視点が二回、三回と回転していた。


 ―――ガンガダァァン!椅子を巻き込みながら机を薙ぎ倒し、何度かも分からない程転がり漸く止まる。

 余りの痛みに意識を飛ばす事すら出来ず、滂沱の如く涙がこぼれる。

 滑り落ちたメガネは地面へと転がり、それが最後のトドメとなってレンズが砕ける。


 歪んではっきりと見る事も出来ない世界に彼女の泣き叫ぶ声が聞こえた。地面を這いずり生島君を探す。

 それから意識が途切れるまでの僅かな間、メガネが壊れたお陰で見たくないモノを見なくて済んだとも言えるのだから皮肉な話だ。

 自分の彼女の泣き叫ぶ声を聞きながら、自分の無力さに嘆きながら、再び襲ってくる衝撃に意識を手放す事が出来たのだった。



 

 痛みで全身があげる悲鳴に目が覚めた。右目は塞がっているのか全く見えていないし、口の中は血の味で一杯だ。何か異物があると硬いも吐き出すとそれは自分の砕けた奥歯だった。

 全身に広がる鈍くて激しい痛み、最早どこが折れていてもおかしくない、正直全身の痛みですぐにでも気を失いそうだ。

 極度にぼやけた視界で隣を見れば寛治が椅子に座らせられたままガムテープで縛られている様だった。視界はぼやけてはっきりとは分からないが、何となく視線を感じるので多分意識はあるのだろう。

 どれだけの時間気を失っていたのだろうか?そう言えば生島君が居ない。


「いぐじばぐんばっはぁぁ!」


 思わず叫んだ言葉は最早言葉をなしてはいなかった。あごの骨が砕けてでもいるのか、激痛が走り言葉もうまく紡げなかった。


「おや、起きましたか」


 自分の叫び声に二つの人影ゆっくりと近づいてくる。ぼやけた視界に映ったのは阿部と石田先生の姿だった。

 なぜ!どうしてこんな事をするのですか!痛みで口を開く気にはならないが残った片目だけの視界でそう睨みつけた。

 それと同時に尻ポケットに入れていた筈のナイフを探す。指に当たったコツンとした感触、とりあえずナイフが奪われていなかった事にホッとする。


 ナイフを忍ばせるなどこんな世界になる前には考えられなかった事だったが、昨日寛治から何があるか分からないので護身用に持っておいて下さいと渡されたナイフ、それがまさかこんなに早く役立つ等とは思いもよらなかった


「すみませんね、これも生きる為ですので、ですがそもそも生徒会長が悪いのですよ?あんなに不用心に仲間の情報を吐き出したせいでこうなったのだから。ちゃんと反省してくださいね?―――ああ後はそうそう、言い忘れていました。ごちそうさまでした」


 石田先生は少し呆れた表情を見せた後一度立ち去りかけ、しかし思い出した様に振り返ってそう告げるとそのまま部屋の奥へと消えていった。


 ごちそうさまとは一体何の話だ?だめだ……考えがまとまらない。

 それにしても煩いな……、自分の思考を邪魔するように絶え間なく聞こえてくる声。


 ―――声?

 なんの声だ?誰の声?一体誰の声だ!

 男たちが笑いあう陽気な声が聞こえる。


「先生も意外と鬼っすよね」


 そんな楽し気な会話の奥、聞きなれた声がする。

 おい、やめろよ……。やめてくれよ……。

 ―――それはすすり泣く彼女の声だった。

 彼女は言葉もきついし、口煩いけど……。

 ―――それに交じって彼女の口からは聞いた事の無い声がする。

 その実誰よりも優しい強がりなだけの子なんだよ……。


「ごちそうさま」


 その意味を知る……。

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 ふざけるな!ふざけるなああああああああああああああ!

 目の前が真っ赤に染まり、怒りに我を忘れてその場でどうにか身動きが取れないかと何度もゆらす。しかし何重にもしっかりと巻かれたガムテープは意外な程にしっかりと拘束力を持っていて、自分程度の力でどうにかする事など出来なかった。


「おう、うるせぇな」


 聞こえた声に顔を上げた瞬間、腹部に感じた激しい痛み、そのまま椅子毎壁へと衝突すると、その衝撃でバラバラに椅子が砕ける。

 砕けた椅子の上で身を捩りながら、全身を襲う激痛に転げまわる。


 自分は何て無力なんだ……。飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めるべく唇が噛み切れるんじゃないかという位に噛み締めた。

 苦痛に動く事も声を上げる事も出来ず、だた丸まりながら意識を手放さない様必死に耐えた。阿部は興味を失ったのかそれ以上暴力を振るってくる事も無く離れていった。


「おう、ちょっとトイレ行ってくるわ、戻ったら俺がやるから綺麗にしとけよ?」


「ウェーイ!」


 阿部がいなくなった室内で尚を続けられる狂宴、誰も転がる自分に注目してなどいなかった。

 その隙にポケットからナイフを取り出し、椅子が砕けたお陰で自由になった手でガムテープを切り裂く。

 気を抜けば途切れそうになる意識を何とか繋ぎ止め、物音を立てない様に寛治へと近付くと、彼の拘束も全て取り払う。


「うごげぶな?」


「会長……大丈夫です」


 全身は痛むし前は良く見えない、それどころか上手く話す事すら出来ていない、それでも何とか動かなくてはならない、助けなくてはならない。


「いぐぞ、いぐじばぐんほだずげる!」


 物音を立てずに衝立の奥へと侵入すると、今も生島君に跨ったままの石田先生の肩を突き刺した。

 寛治は元々怪我をしていたのだろう男達を椅子で殴り倒していた。

 室内には石田先生の絶叫が響き渡り、何が起きたかと呆然としている二人を残したまま、両側から生島君を支えながら立ち上がらせるとそのまま視聴覚室を後にした。


「おぐじょぶべ!」


「屋上ですね!分かりました。私が前に出るので会長は彼女をお願いします」


 そう言うと寛治は廊下に設置されていた消火器を手に取り先頭を走りだす。

 生島君は俺に肩を支えられたまま「ごめんなさいごめんなさい」とうわ言の様に呟いていた。

 恐らく何か所か骨が折れているのだろう、全身が軋みを上げて激痛を伝えて来るが、今は自分の惚れた女を死ぬ気で支えてやらなければと思った。


 それからの道のりも簡単なものじゃなかった。屋上を目指したのは良いが、行く手を阻む様に次々と現れてくるゾンビ達、正直それを相手にするだけでも一苦労だった。

 聟島さん達はあんなに簡単に倒していたのに、自分達には一体を倒す事すら困難な事だった。


 倒しきる事が難しいと気付かされた後は、何とかその場をやり過ごしながら必死で逃げた。後ろからは男達が向かってくる音が聞こえ、それが聞こえる度に生島君が身を硬くしてしがみ付いてくる。

 最愛の女性一人守ってやれなかった自分の弱さに酷くイラついた。


 それでも必死に走って何とか階段前に着いた。しかしそこでは信じられない程のゾンビが徘徊していて、その光景に心が折れそうになる。

 二桁って……ふざけるな……。

 それでも寛治は必死に戦ってくれた。消火器は意外と優秀な鈍器だったようでかなりの数を倒してくれた。自分も生島君を降ろして戦った。


 皆必死で戦ったのだが一つだけ誤算があったとするのなら、聟島さん達の戦う姿を思い描き行動に移したまでは良かったのだが、予想以上に身体がついて来ずに突っ込みすぎてしまった事だろう。



 痛む腕を押さえながら屋上への扉を開いた。暑い暑いとは思っていたが外気は想像よりも更に暑い日だった。

 屋上へと上がってすぐに稲田君が戦っているのが見えた。

 だが最早参戦する余裕なんて微塵も無かった。極度の疲労で立っている事さえできずに必死で酸素を求める。

 生島君が心配そうな顔で声をかけてくれているようだが、何を言っているのかが上手く理解できなかった。

 頭の中で何度も鐘が鳴り響いている。

 頭痛が酷い、一体何なんだろう……。



 それからどれだけの時間が経過したのだろう?不意に屋上が静かになったと思ったら、今度は覗き込んでくる心配したような二つの顔があった。

 何かを言っている様だが聞こえない、口の動きを見つめてみるが……何も理解出来ない。

 先程までは寝転がった屋上のアスファルトが酷く熱かったと思ったのだが、今では自分の体が冷たいのか熱いのかすら分からない、全身の感覚の無さは指先の末端にまで上り、自らの指先だと言うのに今動いているかどうかすらも分からなかった。


 ……このまま自分は死ぬんだろう。そう認めてみると色々な事が思い起こされる。

 ……色々な後悔が込み上げてくる。

 最後に生島君に謝っておきたかった。それでも好きなのだと伝えておきたかった。

 だから最後の力を振り絞って声を出した……。元気でなと。


『――――ゲ……ゲヒッ』

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