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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
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五話

本日五話投稿のラストになります



 眼前に飛び込んでくる醜悪な顔、強烈な酸でもぶっかけられたかのように溶解した顔が飛び込んでくる。

 長年雨風にでも晒されたかのように風化した衣類は破れているのか溶けたのかすら判別がつかない、そして吐き気すら覚える程の悪臭、と言うか臭いだけで目が痛む。


 これが自分の事じゃ無かったら、確実に「うはっ!すげーマジゾンビー!」とかはしゃげる自信はあった。

 目の前のそれは誰もが正しくゾンビだと一瞬で納得出来る様な風貌だった。


 ―――しかしだ。実際にそれが目の前に現れ、自分に害をなそうとしてくるなら話は変わる。叩きつけられる害意にいつの間にか視界は涙で歪み、その恐怖は俺から無意識に拒絶の声を搾り取った。


「――――――っ……あああああああああああああ!」


『ヴァアアアアアアアアアア!』


 叫び声に被せるようにゾンビも怨嗟を込めて叫ぶ、ゾンビと俺とを結ぶ進路上に少しだけ被っていた秋斗が尻餅を着いた事で、ゾンビと俺とを遮るものは一つも無くなり、真っすぐ俺へと向かってくるのが見えた。

 良く死に直面すると世界がゆっくりになるとか聞くけど、本当にそうなんだなと、その時の俺は本当に全てがスローモーションに見えていた。


 ―――ガシャァーン!

 すぐ横の机が折れ曲がる。

 決して安っぽい作りの訳じゃない机はやけに簡単に折れ曲がり、それを簡単に成したヌラリとした腕が目に飛び込んだ瞬間、次は自分があの机の様になるのかと思えて震えあがった。

 机と同時に近くの椅子や机が連鎖的に倒れ、その倒れ転がる様子すらもスローモーションの様に見える中、溺れる者は藁をも掴むというけど、俺が掴むことが出来たのは藁では無くて転がっていた椅子だった。



 椅子を掴んだ時には何時の間にかスローモーションの世界は終わっていて、覆い被さってくるゾンビと俺の間に必死で椅子を割り込ませた。

 死にたく無い!

 死にたく無い!

 死にたく無い!!!

 恐怖で気が狂いそうだった。それでも死にたく無いという一心のみで、考える事を捨てて無我夢中で身体を動かした。


「わーああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」


 掴んだ椅子の足をゾンビに向け、座面を押し込み盾にすると無我夢中で突き出す。脚の一本がズブリと無理やりゾンビの肉を割り裂き、何とも言えない不快な手応えが手に残る。


『―――ヴヴ……』


 眼前に迫っていたゾンビの白く濁った瞳がゆらりと揺れる。

 えっ……?た、倒した……のか?もしかしてやったのかー?俺すげーじゃん!


 無我夢中で目の前のゾンビに突き出した椅子は思いがけずにその胸を貫通していた。

 ビクンと体を震わせるゾンビを目にしながら、思いがけない幸運に胸を撫で下ろす。

 良かったと息を大きく吐き出しながら、幸運を引き寄せた椅子へと目を向けた。


「はは……なんだ余裕じゃ―――」


 ―――ガチガチガチガチガチガチ。

 何の音だ?そう思った瞬間二つの音が教室内へと響き渡る。

 ―――ガチィィィン……。

 ―――ブツン……。


「――――――はえっ……?」


 一瞬何が起こったのか理解出来なかった。混乱の最中、目の前で閉じられたゾンビの口が赤く塗れていた。



 ―――ボタ……。

 ―――ボタボタボタ……。

 ―――ボタボタボタボタボタ。


 醜悪極まりないゾンビの顔、もごもごと蠢く口からは生暖かい液体が滴り落ちてきてとても不快だった。


 その不快な液体は交わすことの出来ない俺の目に入り、視界が真っ赤に染まる。

 赤……。

 赤……。

 赤……。

 止まる事無く零れ落ちてくる赤色……。


 それが何なのか頭が理解をするのに数秒を要した。そして改めて理解した瞬間、脳の真ん中に焼きゴテでも突き刺されたかの様な痛みに目の前がチカチカと明滅する。


「あ……あ、あ……ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 余りの痛みに喉が裂けんばかりの絶叫が溢れ出す。

 痛みにのた打ち回る俺をどこか嬉しそうな表情を浮かべたゾンビが見下ろしていた。

 そしてそんな俺を見下ろすゾンビの口には見覚えのある小指が咥えられていて……。


「や、やめっ……」


 ゴリッ……。


「―――ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉあああああああああああ!」


 嫌だ……イヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ………。

 嫌悪と絶望が頭の中を支配する。

 どうしてこんな事になっているのかと、夢なら今すぐ醒めて欲しいと願った。


「あああああああああああああああああああああああ!」 


「田中ぁぁぁぁぁっ!あきとん!呆けてんじゃねぇぞ!掃除用のロッカーなら何か入ってんだろ!」


 比嘉の声が聞こえた気がした瞬間に掌に強い衝撃を感じる。電気でも流されたような衝撃に「ひぐっ」ともう嗚咽なのか悲鳴なのかすら分からない声が漏れ出る。

 掌には頭が潰れたゾンビの気持ち悪い感触と、それを為したベースの硬い感触がが同居していて、痛みで涙に歪む世界は確かに俺がまだ生きている事を教えてくれた。


「田中……大丈夫か?クソ……マジで悪ぃ……肝心な時に動けなかった」


 ネックが折れたベースを構えたままの姿勢で謝る比嘉が見えた。


「二人共ヤバい、ゾンビはそれ一体じゃ無いっぽい!それと俺がビビッたからお前が襲われた……ごめんな」


 入口付近では秋斗がモップを手に持ちゾンビと戦いながら謝ってくる。


「おいおいー止めてくれよ。別に二人が悪いんじゃないだろー?誰がこんなゾンビとか湧いてくるとか予想出来るんだよー。それよりも助けてくれてサンキューなー!幸い指をちょこっと齧られただけだし、この程度じゃ死にはしないだろー」


 気を抜くと気を失いそうな程の激痛の中、俺は申し訳なさそうに表情を歪める二人にそう伝えると、コイツが悪いんだとゾンビの頭を靴先で軽く小突く。

 正直失った小指を見れば気が狂いそうになるし、今にも泣き叫びたくなるけど、二人をこれ以上追い詰める訳にはいかないとグッと堪える。


「そう言えばー……宮井川は……?」


 問いかけると睦月が無言で首を小さく振った。


「そ、そっか……。ならこれからどうするんだー?予定通り食堂に向かってみるのかー?」


「どうしようか……これだけの悲鳴や破壊音が聞こえてくる時点で、多分どこも普通じゃない状態だとは思うけど……」


 自分の事で精一杯で気にも留めていなかったけど、言われれば確かに校舎全体には悲鳴や破壊音が壁に反響して酷い事になっている。


「どうせここで何を相談したってどうなってるか何てわかんねぇし、だったら出たとこ勝負だろ!」


「それもそうだね……」


 そうして俺達はモップの柄を握った秋斗を先頭に教室を出た。

 すぐに何体かのゾンビ追いかけてきたのだけど、俺達は出来る限り無視して先を急いだ。


 教室を出る時に振り返る。何故かは分からないが睦月が倒したゾンビは地面に黒い染みだけを残して消えていたのだけど、それを気にしている余裕は俺達には無かった。


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