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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
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四話


「なーなー、腹減ったしそろそろ飯でも食いに行こうぜー?」


 三人揃ってやっていたゲームのクエスト、その一つが終わったタイミングで田中が空腹を訴える声を上げた。



 時計を見ると後数分で十二時だしそれも良いかと睦月へと視線を向ける。

 ゲームだって特に面白くてと言うよりはただの時間潰し、正直エアコンの効いた部屋から出るのが億劫だから動かなかっただけだったし丁度良いかも知れない。


「オケ、そんじゃ腹も減ったし学食行こうぜ?」


「そだね。多分そろそろ部長達も集まってきてる頃じゃない?」


「ああそっか、少し早く集合するって言ってたしな、んじゃ丁度良いし行こうぜ」


「おおー!今日はかつ丼食うぞー、絶対かつ丼だー!」


「あー……今晩は徹夜になりそうだし、がっつりとかつ丼も良いな」


 田中がスキップしそうな勢いで立ち上がり、それに続くようにして俺達も財布だったり戸締りする為の鍵だったりを準備をして部室を出る。


 屋上に出た瞬間茹る様な暑さに顔を顰めながら階段の扉までの数メートルを歩いた。そんな六月にしたら嘘みたいに暑い日の事だった。





「あれ?あれー?あーっ!ヤバー!」


 校舎に入った瞬間田中が両手でポケットをパタパタ叩いたり、キョロキョロしたりと忙しない動きを見せる。


「どしたん?」


「あー、とても言い難いんだけど、ちょっとだけ寄り道しても良いかー?部室による前に寄った教室に鞄とか財布をそっくりそのまま忘れてるっぽいんだよなー」


「ああ、別に良いっしょ?どうせ二階の教室何て通り道みたいなもんだしな」


「無くなってて欲しいに百ガバス」


「願望なんだな、だったらあきとんには負けないぜ、思いよ届けの千ガバス」


「おーいおいおいおーい!ナケナシの全財産なんだぜー!そんな軽い気持ちでガバスを賭けないでくれよー」


 プンスカと怒る田中を悪い悪いと笑いながら宥める。そんな風に騒がしくも笑い合いながら、一度進路変更するべく二階の階段を降りずに曲がると見慣れた廊下が見える。


 既にジワリと滲んでくる額の汗を拭いながら、ふと廊下から中庭へと視線を向ければ、日陰に入り込みながら何人かの生徒達がベンチに腰掛け、楽しそうににランチを食べているのが見える。


「ああああー!あれ一組の字倉と宮地じゃんかー!マジかーあの距離感は絶対付き合ってるだろー!」


「どれどれ、あー確かに居るな。何だ字倉は上手い事やったじゃん、宮地スタイル良いから競争率高そうだったかんな」


 二人の言葉に改めて視線を動かすと、茶髪で甘いルックスの字倉君とスタイルだけならグラビアモデル級の宮地さんが、肩を寄せ合い談笑しているのが見えた。俺は編入組だからそこまで仲が良い訳では無いけど、二人は中学からの付き合いで仲が良い。


「悔しいのー悔しいのーぅ……」


「ははっ、そんな下駄とか持って殴りかかりそうな目でダチを見るんじゃねぇよ。どうせ田中にはワンチャンすら無かったんだし祝福してやれよ?ほら、言ってる間に教室着いたし、ガバスの回収急いでしてこい」


「ガバスはいらねーけどなー!でも悪いーすぐ取ってくるー!って宮井川じゃんー、休みの日なのにどしたー?」


 教室に入ると軽音楽部の宮井川明がベース片手に栄養だけは取れるゼリーを吸い上げている所だった。


「ん?ああ……田中に、比嘉と稲田もか、お前等も休みの日なのにご苦労な事だな、こっちは朝から次のライヴに向けた練習しててさ、今から昼飯」


「お?明じゃん久しぶりー、へー頑張ってんじゃん。そうだ次のライヴ決まったらチケット回してくれよ、見に行くからさ」


「おっ、サンキュー!マジで助かるわ」


 顔なじみ二人が始めた会話、俺個人としては然程関わりの無い相手だから大人しく待とうと思っていたんだけど、そんな気遣いなど無用とばかりに田中が騒がしく駆け寄ってくる。


「あったあったー!さーって二人共お待たせー、かつ丼が待ってるから急いで学食行こうぜー!宮井川かつ丼が待ってるからまた今度なー」


「ははっ、田中は相変わらずだな、ああ、またな……イヅッ……」


「づあああああああ……何だこれっ!」


 目の前で突如頭を押さえて宮井川が膝をつく。

 だけどそんな宮井川を心配する事も出来ず、俺もまた頭痛にも似た様な耳鳴りが頭の中を掻きまわし、立っている事すら出来ずに同じように膝を突いた。

 これまで体験した事も無い様な耳鳴りは平衡感覚を奪い、立ち上がる事さえ困難なものにした。


 助けを求めるべく小さく視線を動かす、だけど側では二人も耳や頭を押さえて呻き声を上げているのが見えたのだった。







「いててー、死ぬかと思ったー、って言うか何だってんだよー、いきなりー」


 絶望的に苦しい時間は恐らくは十秒も経たずに終わり、次の瞬間には何事も無かったかの様に苦痛は全て治まってくれた。

 それでもこれまで体験した事の無い痛みにまだ僅かにふらつく頭を振る。


「本当にな……って言うか臭くねぇか?何だこの臭い」


 周囲にはまるで生ごみを放置して更に腐らせた様な、鼻だけじゃなく目ですらも痛くなる程の刺激臭が漂っていた。


「おいおい……嘘だろ……、嘘だろって……!」


「おい!宮井川後ろ!」


 俺はそれに気が付きながらも動き出せなかった。

 突然目の前で起こった光景に呆けた頭のまま、ただただ現実を否定する言葉を呟く事しか出来なかった。


 同じくそれに気が付いた睦月が宮井川へと警告を発してくれる。その声に振り向いた宮井川は大きく見開き一歩飛び退こうとした……。

 だが……。


 ―――ゴリッ!

 全員の視線が宮井川の首筋へと集中する。目の前に突如として現れた異物、その顔がゆっくりと首筋から離れる。

 ―――ボリッ……。

 数拍置いてやけに軽い音がする。

 同時に宮井川の首から真っ赤な何かが噴き出し、声も悲鳴も残さずそのまま背後へと倒れ込んだ。


「ヒュー……ヒュー」


 何が起こったのかさえ分からないという呆けた表情のまま、背中から地面に転がる宮井川、抜け出る何かは彼から徐々に生きる為の力を奪い取る。


「ぁ……けっ……」


 虚ろな眼差しを浮かべた宮井川は最後の力を振り絞る様に助けを求めて腕を上げ、しかし同時に助かりたいと伸ばした最後の希望すらも、目の前の化け物は喰らってしまう。


「う……そ……だろ」


 目の前の光景へと恐れをなし、二歩三歩と後退る。その間にも宮井川は別の場所も齧られ、すぐに動く事を止めた。

 何処か現実と夢の狭間の様な浮遊感を感じる。本当にこれは現実なのだろうか?床一面が血飛沫で赤く染まっているのを見ても尚、認められずに動けずにいる。


「み、宮井川ー……、」


『ヴ……ヴヴヴゥゥゥ』


 突如目の前で起きた凶行、田中は倒れる宮井川へと一歩歩み寄りながら呟いた。


 それとほぼ同時に動かなくなった宮井川には興味が無くなったのか、のそりと顔を上げて化け物はその醜悪な相貌を俺達へと向ける。


「ヒッ……」


 そのあまりの醜悪さに思わず悲鳴が漏れる。


 皮膚は腐り落ちたのかズルりと剥がれ、剥がれた顔の筋肉がグズグズに崩れているのが見える。

 暗く落ち窪んだ眼窩は剥き出しになり、もう何も映さないであろう筈の虚の底には、しかし何故だか何かしらの意思のようなものが感じられた。

 真っ赤に染まった全身をユラリユラリと揺らめくろうそくの炎の様に前後左右にゆっくりと身体を揺らしながら立ち上がる。



 その動きはパッと見れば酷く緩慢で、寧ろ動いている事さえやっとの様にも見える。

 寧ろいつそのまま倒れたっておかしくない、そんな動きの筈なのに、その動きとは裏腹に湧き上がってくるのは身体が震える程の恐怖心だった。


 逃げろ!逃げろ!逃げろ!今すぐ逃げろ!形振り構わず逃げ出せ!そう本能が叫んでいた。それなのにその化け物から目が離せない、体が動かない。


『ヴァアアアアアアアアアア!』

 

 恐怖に固まっていた空気を憎悪に満ちた声が震わせる。

 俺達へと向けて伸ばされた指先は爪どころかそもそも指が揃っていなかったし、申し訳程度に体に張り付けた衣服だって真っ赤に染まっていた。

 それは誰がどう見ても『ゾンビ』そのもので、この世界には居る筈の無い、物語の中だけの存在の筈だった。


 平和しか知らないこれまでの人生、今までに想像した事の無い殺意や敵意をぶつけられ、俺は怯みながら自然と体が後退る。


「ヒッ……」


 頭を掻き毟りたくなるような恐怖、怨嗟の籠った声を上げながらゾンビは真っすぐに突っ込んでくる。

 俺の口からは情け無い声が自然と漏れ出し、出来た事といえばただ尻餅をついた事だけだった。


 ビビって情けなく尻餅をついた俺に容赦なく襲い掛かってくるゾンビ、すべてがスローモーションの世界の中で、あ、これは間違いなく死ぬなと目を瞑る。


 ―――しかしそれは結果として俺を救う事となる。


 ―――ガシャァーン!

 机が真ん中から折れ曲がり倒れる。スチール製の脚が騒々しく倒れ、ガラガラと連鎖する様に椅子がそこかしこで倒れてけたたましい音を上げる。


 もうダメだと思ってから数秒、しかしいくら待っても終わりの来ない絶望、目を開けて恐怖に引き攣る顔で周囲を見回し、その光景に呆然としたのだった。


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