三話
「そう言えば今回の流星群の話って凄い急だったよね?それこそ降って湧いたかの様に話しが出て来た訳だけど、何か今朝のニュースでもここまで急になのは珍しい、ってか本来ならあり得ないって言ってたよ」
「ああ、らしいな。今の観測技術で数日前まで観測も予測も出来ないなんて普通ならあり得ないって言ってたしな」
三日前に突如としてニュースに上がった流星群到来の一報。今日の正午から明日の朝方にかけて見られると言う流星群、ニュースで珍しいと報道されたからか世間の関心も結構高い。
「それにしても、良くもまぁ都合良く開校記念日にぶつかったよ」
「本当それな、まっ俺等にしたらラッキーだったけどさ」
今日は日本全国どこを見ても平日なんだけど、うちの学校は都合よく開校記念日で休みだった。
俺達天文学部としては勿論その絶好の機会を逃す訳もなく、この祭りに全力で参加するべく準備を急いだという感じだ。
そう言えばどうして祭りだお祭りだって言いながら俺と睦月の二人だけで準備をしているかって言うと少し長くなる。
基本うちの部は女子生徒が多く男子部員は部長を含めて四人しか居ない、そのため観測会の買い出しや機材のチェックは男子部員が担当する事になっている。そのぶん女子達は副部長を先頭として順番に部室の掃除や活動報告をしてくれているのだから文句の言い様も無い。
こうやってお互いにやる事を決める事で揉める事がかなり減ったって先輩達が教えてくれた。
―――と言っても、減ったと言うだけで無くなった訳では無いのだけど。
―――ギギギィ…ッ。
思考を遮るように軋んだような音が鳴りそっちへと視線を向ける。僅かに錆びた金具が擦れた音と共にモワッとした熱気が室内へと流れ込んでくる。
視線を向けた先では僅かに開いた扉の隙間、その隙間からは一対の目がこちらを伺う様に覗いていた。
「……」
俺達は特に言葉をかけるでもなく、ただ黙ってその目を見つめ返した。
俺達から声をかける事を期待していたのだろう、だけど無言を貫く俺達に諦めたのか、スマンと片手を上げた男がゆっくりと姿を現したのだった。
「比嘉ー、秋斗ー、遅くなってごめんなー?俺居なくても頑張ってるー?」
扉の影から現れた人物は田中、同じ天文学部員だ。細身で百六十センチ程の小柄な背丈、ぞりぞりとした手触りが容易に想像出来、時々無性に触りたくなる坊主頭だ。年齢よりも幼く見えるその見た目は、天文学部というよりはどちらかというと野球部でキャプテン、もしくは球拾いでもしていそうな感じだと思う。
田中は俺達の冷たい視線を気にした風も無く、ずかずかと入り込んでくるとエアコンの前に駆け寄ってくる。
「いやマジで悪かったってー。ってか、あー最高!結構涼しいじゃんー」
田中はニカッと少年の様な元気の良い笑顔を見せながら、まるで悪びれた様子も無く再び適当な謝罪を口にした。
「うーわっ……マジで安定のウザさじゃね」
「だなぁ……もうやる事も終わらせたし、今さら田中が居たってウザいだけっていう……」
「じゃっ、マジ居る意味ねぇじゃん」
「おっふー、ってか二人共辛辣すぎじゃねー?」
田中はまるで被害者の様な悲しそうな顔で顔を顰める。だけど被害者は確実にこっちなのだと、こいつには言い聞かせないと分からない奴なのだ。
「はいっ?なぁあきとん、昨日の段階で今日は遅くても十時頃には集まろうって話したよな?」
「だね。今が十一時半頃?確実に終わるのを見計らったかの様なタイミングの良さだよね」
「なっ、絶対タイミング計ってたよなコイツは、そうやって田中が面倒な事はスルーするなら、こっちも話したりするのも面倒臭いし、いっそ田中の存在を永遠にスルーするのが良いって思い始めてきたんだけどさ、どう思う?絶対精神衛生上その方が楽っしょ?」
「ひどっ!マジで遅れて悪かったってー!ってか二度寝なんて皆経験あるよなー?今日はほら、学校も休みだからアラーム掛け忘れて寝坊しただけなんだってー!―――ああ、そうだった差し入れがあったんだったー!ほらこれー、その代わり差し入れ!だから許してくれよー、なー?」
そう言うと田中は片手にぶら下げたレジ袋を掲げてみせる。その牛乳瓶のロゴの入った袋をガサガサと漁り、中から二本の炭酸飲料を取り出してみせた。
「サボったの隠す気があるならせめてその袋をどうにかしろよな!購買の袋には牛乳瓶のロゴなんて入って無いっつの。どうせ時間潰しに敷地外のコンビニ行って、立ち読みしてたら時間を忘れて遅刻とかじゃねぇの?」
「あー、今日はヤングステップの発売日だもんね」
「うげっ、何か見てたみたいに……。その、何だー?ゴメンナサイー」
頭の上で両手を合わせて直角なお辞儀を見せる田中、コイツが天文学部で揉め事を無くさせない原因、所謂トラブルメーカーだったりする。
田中は言動全てにおいて基本適当だし、誰かが監視をしていない限りはすぐサボる。
だからほぼ毎日女子部員には怒られている気がする。
ただそれでも最終的には何だかんだで許されてきているのは悪気の無い笑顔と憎めないキャラクターのお陰だろう。
とは言え、後輩にまでマジ田中と溜め息を吐かれるのはどうかと思うが。
「はぁ……ったく……命拾いしたな!これがドクターパープルだったら昇降口前のプランターにお前を逆さまに植えてたわ」
「あっああー!比嘉は赤い缶で秋斗は紫の缶なー」
「ってなんで俺のはドクターパープル!」
「えー?だって秋斗はそれ好きなんだろー?」
「おまっ……飲めるのと好きなのは違うだろ」
「ははっ、まっあきとんがギリ飲めるって言ってたのは間違いない」
「ぶふーっ!―――ってすまんー!ちょっと勘違いしていたみたいだわー」
一度噴き出す様に笑い、しかし慌てて両手で口を押さえる。田中は笑いを堪える様に僅かに震え、笑いの波が治まると同時に顔を上げるとニカッと笑みを浮かべ再び謝罪を口にした。
感情の籠っていない謝罪、コイツは俺をオチに使いやがったなと苦い気持ちでプルタブを起こす。
「はぁ……ったく仕方が無い奴……、今回は飲めなくもないコレに免じて許しておくけど、今日の観測会の後のゴミ出しと掃除、全部田中が一人で担当ね」
「うぇぇ……ペナルティー重っー、それを一人でやるのはダルイってー」
あからさまにテンションを下げて嫌そうに顔を顰める田中にきつめの視線を向ける。視界の端では睦月も無言で田中に視線を向けているのが見えるし逃げられないだろ。
俺達二人から放たれる無言のプレッシャーは、田中がどうにか逃れようと開きかけた口を閉じさせ、最終的には観念したように「あいー。やるよー」と項垂れるのだった。
田中のその悔しそうな表情にある程度満足した俺は、貰ったドクターパープルを一口飲み込んだ。
「ブフッ……、何コレ!激マズなんだけど!腐ってるんじゃないかコレ!ってか炭酸も入ってないし、本気でただの薬っ!」
「えー?そんな訳ないじゃんかー、それは俺の心の師匠から貰ったまま冷蔵庫に入れて忘れてた由緒正しい一品なんだぞー」
俺は笑顔で田中に近付くと思いっきりその坊主頭を叩くのだった。パチンと思った以上に良い音だった。
「心の師匠に貰ったものなら自分で飲めよな!ほら飲め!」
「うべー!うー……マジで薬だー!」
そうして田中にもパープルと言う名の薬は飲ませておいた。直後に部室に響いた田中の悲鳴は当然の報いだと思う。
しかもその後何故か睦月にまで飲んでみろーって勧める田中、それを飲んだ睦月は余りの不味さに反射的に手が出たのだろう「あいたー」と田中の悲鳴が再び響き、その声は今度は屋上を越えて響き渡るのだった。




