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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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四十六話


 お日様の優しい匂いがした。ぽかぽかと温かい日差しに照らされながら髪の毛を優しく梳いてくれるくれる優しい指先に、眠りから目覚めた僕はほぅっと目を細める。

 ずっとこのまま幸せな時間が続けば良いのにと思ってしまうような優しい、とても優しい時間、薄っすらと目を開けると母さんが柔らかい笑顔で「おはよ」と微笑んでくれた。


「おはよう、お母さん今何時?」


「三時、おやつの用意してるから一緒に食べよう?」


 母さんはそう言うと俺の頭をそっと持ち上げクッションを頭の下に敷いてくれる。

 一度台所へと行った後、母さんが戻ってきた部屋の中にはドーナツとココアの甘い香りが漂ってくる。体を起こしておやつへと向かうとお昼は沢山食べたはずなのにグーとお腹が鳴る。

 そんな僕にあらあらと微笑みながら母さんはコーヒーを持って目の前に座った。


「お父さんは?」


「お父さんはまだお仕事から帰ってきてないの、お休みの予定だったのに残念よね」


「もぉ……今日は一緒にキャッチボールするって約束してたのに、なんかね?隣のミホちゃんに、うちの父さんはシャチク?って言う病気なんだよって言われたの」


「ふふふっ、確かにお父さんは社畜って言う病気かもしれないわね?それはお仕事が大好き過ぎてその事が忘れられなくなっちゃう病気なの。……でもお父さん傷つくから内緒にしてあげてね?」


「そっか、うん!分かった。秘密にしておくね?早く良くなると良いのにね」


 僕は目の前のドーナツにガブリと齧りつく、口の中一杯に甘くて少しだけほろ苦い風味が広がって幸せな気持ちになる。


「ふふっ、秋斗は優しいわね。ねぇ秋斗、そう言えばお隣のミホちゃんはドーナツ屋さんになりたいらしいわよ?」


「ドーナツ美味しいもんね、僕絶対に買いにいこっと」


「ふふっ、気が早いわね?そうだ秋斗には将来何になりたいとか夢はないの?」


 母さんはそう言うと机に頬杖を突きながら優しい眼差しで僕を見つめてくる。夢なんて一杯あるけどなぁ……んーでもそうだなぁ。最近のお気に入りを思い出しながら口を開く。


「僕はね……」








「おい!全員起きろ!あきとん、おい、あきとん!起きろ」


 体を揺らされ目覚めと隣では膝立ちになった睦月が険しい顔をしていた。

 母さんの懐かしいあの笑顔、夢だったのかと少しだけ残念な気持ちになりながら、そう言えばあの時なんて答えたんだっけなと思い悩む。


「おいあきとん、ボケッとすんな!今すぐ全員起こそう、なんかヤバそうだ。トイレから帰ってくる時武装した袴田達を見た。あれはきっとここに向かってくるつもりだ」


 睦月の言葉に意識が一気に覚醒する。武装して襲ってくるとか、絶対何かあるって寝る前に話していた通りになるなんて最悪だ。


「分かった。急いで皆を起こしてくる」


 俺はそう言って簡単な身支度とバットを手に取り立ち上がる。急いで皆を起こしに行こうと女子部員が使っている衝立へと向かう。


「クソ!もう来やがった!あきとん急いでくれよ!それまでは俺が時間稼ぐから」


 相手の動きの速さに睦月が毒づきながらも俺を急がせる。俺は急いで衝立の中へと入り込むと、俺達の声に目が覚めたのか、丁度カノン先輩が起き上がった所だった。


「オゥ……夜這い……デースか?心の準備がまだなのデース」


 寝起きで乱れたシャツからは引き締まった真っ白いお腹が覗き、形の良いお臍がチラリチラリと目に入り無茶苦茶焦る。

 本当なら声をかけて起こすべきだったんだろうけどその暇が無かった。それにしたって!こんなイベント想定外だし今じゃないだろ。


「す、すみません!ってそうじゃないんです!カノン先輩、急いで皆を起こしてください。袴田達が攻めてきました」


「なっ!皆起きるのデース!」


 カノンさんはそう言うと皆をバシバシと叩き起こす。すぐに皆は飛び起きる。俺はその様子をみてこっちは大丈夫だろうと思い睦月の方へと急いで戻る。


「なるべく急ぎでお願いします。俺はむっちゃんが一人で抑えてくれてると思うので戻ります!」


「すぐに準備をさせるのデース!」


 衝立から飛び出すと既にそこでは戦いが始まっていた。ゾンビと戦うだけでも気が滅入るのに、人とまで戦わなくちゃいけないのかと心が病んでくる。

 だけど状況は既にそんな事を言っていられるレベルじゃなく、今も睦月が三人に囲まれながらも何とか対応しているのが見える。


 急がなくちゃと俺は一気に睦月の元へと近づくと、睦月が相手取っている一人に対して一気に詰める。

 前情報だと十人以上が袴田と行動を共にしているらしいし、残念ながら手加減したりする余裕もない。

 正直人を殴るという忌避感からか一瞬体にブレーキがかかるが、奥歯を噛み締めそれを振り払うとそのままバットを振り下ろす。

 狙いなどつけずにフルスイングする。手に残るガツンとした重さはゾンビを殴るよりも遥かに硬く、そして重かった。

 殴られた男は低い呻き声を残して倒れていき、それを見た残りの男達が怯み一歩下がるのが見えた。


「むっちゃんお待たせ、すぐに準備してくれるって」


「あいよ!それにしてもあきとん容赦無くやったな、まぁこれで少しでもビビってくれるならこっちは助かるけどなっ」


 睦月はそう話ながらもう一人の男に飛び掛かる。俺もそれに倣ってもう一人の男へと身を屈めて一気に迫る。

 もしかしたら抵抗される事など考えていなかったのでは無いだろうか?明らかに怯んだ様子を見せている。


「お、お前らよくも武志をやりやがったな、こ、この人殺しがっ!」


 仲間の一人が叩きのめされ、明らかに腰が引けている男達が好き勝手喚く。

 恐らく目の前の男達は自分の快楽を優先して相手の事を考えてなどいないのだろう。相手を従わせ、傷つけるのは当然だと思ってる癖に、自分が傷つく覚悟の一つもないとか笑えない。

 実際に生徒会長達の方からは早くも悲鳴が聞こえてきている。完全にやる気で来ているのに都合の良い事を言う。


「そっちは俺達を潰す気で、全てを奪う気で来たんだろ?だったらそっちだって最悪逆に殺される覚悟くらいしてから来いよ!」


「うるせぇよ!このサイコパス野郎が!」


「だったらそうさせたのはお前等だよ!」


 普通に生きてきた高校生が何を好き好んで生き物を傷つけたいって思うだろうか?

 誰が人を殺めたいって思うだろうか?

 思う訳が無い!だけど、そうしないと誰も守れないなら、何も守れないなら、罪位いくらだって背負ってやる!

 男達の後から袴田がこっちに向かって来ているのが見える。俺はそっちに男が倒れる事を期待してバットを振りぬいた。


「ぎゃっ!」


 反応する気配すら見せず、目の前の男は短い悲鳴を上げながら吹き飛び、狙い通りに袴田を巻き込んで倒れ込んだ。


「あきとん、皆揃ったみたいだぜ?生徒会長達には悪いけど助けてる暇は無い、このまま逃げるぞ」


「うん……。大丈夫、俺達の手じゃ全部は守れない、そんな事は嫌になる程思い知ってる」


 知らない訳でも無い人間を見捨てる。それに対して苦い思いなら当然ある。だけど、全ての命は拾えない事も知っている。ちゃんと取捨選択はするしかないのだ。

 視聴覚室の扉を蹴破る様に開け放ち俺達は一気に廊下へと駆け出した。


「むっちゃん先頭は頼んだ!ほら皆走って!殿は俺がする!」


 走り出した仲間達の背中を見守りながら最後尾を走る。後ろからは数人の男達が追いかけてきており、簡単にこっちを諦める気など無いらしい。

 まさか夜も明けきらない早朝から追いかけっこするとは思ってもみなかった。


「追いかけてきてます。とにかく逃げましょう!」


「逃げるって言っても一体何処にっ!」


「そうなのデース。何処に逃げるというのデースカ」


 紗希の代わりに弓を担いだカノン先輩が振り返って不安そうな表情を見せる。


「部室へ!あそこなら水があるから暫く立て籠れます!」


 すぐに最後尾から目的地を叫ぶと全員が了承する声が聞こえる。

 目指す場所が決まり、迷いなく足を動かす俺達だったけど、それもバリケードを超える前まで、ここから先にはゾンビが出てきて危険も増すだろう。


「愛美さん!ここからはゾンビが普通に出てくるはずです。相手との距離も詰まっていないし、俺も前に出るので後ろ頼みます」


「うん、分かったよぉ!皆気を付けてねぇ!」


 最後尾を愛美さん達天文学部の皆に任せると、俺は睦月達が走る最前列まで一気に駆け寄った。


「むっちゃん、ここからは俺も一緒に前に出るよ。悠璃と紗希はサポート頼んだ。死角とかに気を付けて、さぁ皆揃ってここを逃げ切ろう」


「ああ、あんな奴らに好き勝手されてたまるかよ」


「そうです!あんなのに好き放題にやられるくらいなら舌噛んで死んで見せるのです」


 順番にバリケードの下を潜って安全の向こう側へと一気に向かう。ここからは再び生死をかけた戦いになるのだ。

 誰とも視線を合わせずに暗い表情を浮かべる悠璃が少しだけ気がかりだったけど、こんな状況なら色々不安にもなるだろうと自分に言い聞かせながら走るのだった。


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