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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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四十五話

「生き残ってる人はこれで全てですか?―――大分減りましたね……。ですが落ち込んでばかりもいられません、移動しましょう」


「おう、そんじゃぁまずは寝床の確保なんだな?」


「ええ、まずは寝床の確保です。食料は数箇所当てがあるので、恐らくは大丈夫でしょう」


「おう!やり方はあんたに任せるぜ!がっかりさせないでくれよな、袴田さん?」


 言い残した阿部は一つ吠えると一人先頭をズンズンと突き進んで行った。その右手の指にはペットボトルを挟む様な気楽さで、二つの消火器を挟み込んでいるのが見える。

 正直片手で一本持つのだってそこそこ重いと言うのにそれを指に挟むとは……、人としてどこか間違えていると思う。


 正直とても同じ人間だとは思えないが味方のうちは心強い、猛獣の様な男の背中を最後尾から見つめながら私は再度寝床に出来そうな場所を思い浮かべた。

 大丈夫、上手くやってみせますよ。折角世界がこんなにも楽しくて住みやすい状況になってくれたのだからね。







「酷い有様ですね……。まるで戦場の様だ」


「ええ……まさかここまで酷い状態だったとは」


 寝床としてグラウンドの離れにある部室棟を確保した私達は、次いで食料を確保すべく食堂を訪れていた。しかし辿り着いてすぐに飛び込んできた光景は目を覆いたくなる程の惨状だった。

 食堂の床や壁も武道館同様に地面は削り取られ、その内部は室内で台風が発生でもしたかの様な酷い荒れようだった。


 正直言えば到着する前からある程度嫌な予感はしていたのだが、それでもとりあえず確認の意味も込めてここまでやって来てはみたものの……まさかここまで酷いとは思ってもいなかった。

 全体的に植物を多く設置したボタニカル調を前面に押し出してリニューアルした食堂、そこには大きな天窓が目を惹く空と一体感のある天井が広がっていて、直射日光を遮る為のハンモックがゆらりと吊るされいた。

 自然とお洒落が融合した食堂を目指して設計された……らしいその食堂は、個人的には殆ど縁が無かったが生徒達には概ね好評だった様だ。


 そんなお洒落で明るかったのだろう場所には、良く建物が形状を残しているなと思える程の大穴が開いていた。

 抉り取られたかの様な大穴周辺では、支えや均衡を失った建物が徐々に倒壊へと向っているのか、今にも巨大な天窓は落下しそうに軋みを上げている。

 正直中に入ってダラダラと作業していたら何時崩落に巻き込まれるかも分かったものじゃない、私達は食堂に入る事を諦め次の候補にしていた場所へと向う事にした。


 次に向かった場所は購買の倉庫だ。生徒達には余り知られていない事だが購買には保存可能なアイテムを保管する為の倉庫が在り、そこにならかなりの数の飲み物やカロリーフレンドの様な栄養補助食品も備蓄してある筈だ。

 さっさと気持ちを切り替えて次に向おうとしたその時、予期せぬ方向から声がかかり、それは私達が望んだ最上級の幸運を呼び込む事になる。


「袴田先生に石田先生じゃないですか?ああ、良かったご無事でしたか!」


 振り返ったそこに居たのは生徒会長と副会長、それと……生島君!きつめな性格は個人的には好みでは無いが、見た目だけならかなりの上玉だ。

 後ろの連中もざわりと色めきだっているのが分かる。

 気の強い女を泣かせてやりたいんだろ?気持ちは分かるが今は落ち着け、ステイだステイ!一度後ろを振り返り睨みつける。

 兎に角今はこいつ等から情報を引き出し、そして生島君を頂く事だけに集中しよう。


「加賀屋君じゃないですか!良かった君達は無事だったんですね」


「ええ……色々ありましたが何とかやってます。今は先程の揺れに状況の確認に来たところですが……」


「そうですか……。色々と話し合いたい事もありますが、まずは君達が無事なだけでも良かった……」


 加賀谷君の肩へと片手を置き、もう一方の手で腕を軽く叩き無事を喜ぶ。本当に無事で良かったよと笑みを浮かべながら。


「おう、袴田さん、感動の再会の途中に悪いな。だが破壊の音に引き寄せられたんだろうゾンビがこの穴を進んできてるみたいだ。流石にあの数を相手にすんのはしんどいからよ、話しこむなら移動してからにして貰えるか?」


 彼が言う通り無数のゾンビが蠢く様子はノンビリと出来る状況では無さそうだった。


「ふむ」


 小さく呟くと加賀屋君の肩をポンと小さく叩き後ろで控えている仲間達の顔を見る。


「では安全そうな場所まで移動しましょう。阿部さん、先頭は任せました。こうして折角会えたのですし加賀谷君達につまらない怪我はさせたくありません、ですので他の皆さんは生徒会の皆さんを守りながら行動してください」


 今すぐに奪わないのかという表情を見せる奴らが多い、納得して返事をした人達の方が少数派だろう。そんな彼等の気持ちと同様にひとつも揃わない返事に顔を僅かに顰めながら、それでもそれを気取られないよう生徒会の面子を促し歩き出す。


 全く考えなしの部下を持つとこういう時に困る。奪えるモノが目に見える物だけだと決め付けているバカばっかりだ。

 こいつ等が何処を拠点にしているのか、食料の確保はしているのか、仲間は居るのか、居るとしたらどの程度の規模の集団が出来ていているのか、そういう事も聞きださなくちゃいけないだろうが。

 全くバカの相手は疲れるなと心の中で大きく溜め息を吐き出し、だがバカだからこそ扱い易いのかと気を取り直す。

 はぁ……仕方が無いな、バカもクソ真面目も私の掌の上でコロコロと転がしてやるとしますか。








 グラウンドからやや離れた場所に建てられた部室棟の中の一室、すりガラスの窓から射し込む薄ぼんやりとした月明りに照らされている。

 そこには異様な熱に支配された十数人の男達が息を殺して座り込んでおり、各々が欲望を爆発させる瞬間を今か今かと待ち侘びていた。


 そんな男達の視線を一身に受けながら、しかし少しだけ待てと胸ポケットからタバコの箱を取り出す。嗅ぎ慣れた葉っぱの香りが鼻をくすぐるが、しかし肝心のタバコが一本も残っておらずに苛立ちと共に箱を握り潰した。


 苛立ちを隠しきれずに唾を吐き捨てると何の気まぐれなのかタバコを咥えた阿部が、自分の箱を握りつぶしながら最後に残っていたのであろう一本をヌッと差し出してくる。

 私は丁寧にそれを受け取ると「すみませんね」と軽く礼を告げてタバコに火を灯した。

 肺一杯に吸い込んだ煙はまだ明け切らぬ暗闇を薄紫色に染め上げた。


 今はまだ朝日も昇らぬ午前四時、生徒会長達から食料を分けて貰ったのが夕方頃だった事を考えればたったの半日だ。だがそんな僅かな時間を辛抱するのにかなりの精神力を要した。

 生徒会長からの話を聞けば、彼等の集団にはうちの学校でも一位二位を争う程の美少女の愛美君や美人揃いで有名な天文学部も一緒に行動していると言うではないか、それを聞いた瞬間は柄にもなく神に感謝したものだ。


 正直に言えば愛美君が受け渡しのその場所に居てくれていたならすぐにでも行動に移したのだが、しかし残念ながらあの場所に愛美君が姿を現さなかったのだから仕方が無い、内心ではガックリと肩を落としながら約束していた食料を受け取ったものだ。



 そう言えばあんな雌臭い匂いが立ち込める教室の中、爆発しそうな欲求を抑え込みながらこちらが必死に笑顔を振りまいていたというのに、何人かいた天文部員の少女達のあの蔑みを含んだ目……私があの場で襲わない判断をするのにどれだけの精神力を要したか。

 ですがそれもこれもあの場に居なかった愛美君を手に入れる為、そう思えば少し位の我慢はする事が出来るというもの。

 まあその分垂れ流しになっている欲望を受け止めなければいけない彼女達が少しだけ哀れであり、これからを想像するだけで暗い笑いと欲望が止まらない。


 そんな暗い欲望を滾らせながら熱を感じる程に根元までタバコを吸い込み、最早フィルターだけとなった吸い殻を空き缶へと放り込む、さぁて我慢もここまで、ほかの皆さんも我慢の限界そうですし、ここからは本能に従って暴れまわるのみです!

 肺の中に残った紫煙を大きく吐き出し周囲を見回す。


「もうすぐ日の出です!そろそろ行きますよ!食料も、あの生意気な天文学部の女達も根こそぎ奪い取りますよ!」


「おう、袴田さんもスイッチ入ったじゃねぇか!おっしゃ行くぜ」


「ヒャッハー!」


「ヒャッハーて……お前」


 ははっとそこかしらから笑いがおき、そしてそれが収まると同時に阿部が先頭に歩き出す。途中何体かのゾンビが出て来たが、阿部の標識の一振りでゾンビ達は壁へと吸い込まれていった。





「開けたら一気に突入だ。一人も逃がすなよ!」


 視聴覚室の扉の前に集まった仲間達、突入の時を今か今かと待っているその姿は、飯を前にステイさせられた時のうちの犬と同じ表情だ。

 早く早く早く早く早く!

 暴発しそうな興奮と、抑えきれない欲望に、まだ薄暗い廊下でも爛々と光る瞳だけがやたらと目立つ。


「じゃ、開けます!」


「ヒャッハー!」


 扉を開けたと同時に勢いよく飛び込む仲間達、理性とか知性はどこかに忘れてしまったかの様な興奮に苦笑いが浮かぶ。

 突然室内に喧騒が響き渡り、慌てて何人かが飛び起きた音がする。真っ暗な室内に響く混乱の声に興奮が一気に加速していく。


「おう!雌臭ぇ!雌臭ぇなぁおい!さいっこうじゃねぇかよ!さて、あの生意気な女はどこだ!あの三つ編みは俺んだからな!見つけたら素直に差し出せよ!大丈夫一人占めはしねぇからよ!」


 蜂の巣を突いたかの様に室内には混乱が広がる。奥の方に固まっていた数人が生徒会の連中だろうか?「阿部さん居ましたよ!」すぐにそんな声が聞こえてくる。

 ではもう片方で抵抗している集団に愛美君がいるのだろう。私は舌舐めずりをしながら足を踏み出しかけ。


「ぎゃっ!」


 短い悲鳴が聞こえたと同時に誰かの背中が一気に迫る。気が付いた時にはその背中に巻き込まれる形で尻餅をついていた。


「クソッ、邪魔です!早くどきなさい!」


 いつまで立っても退く気配の無い男に苛立ちながら横へと押し退ける。

 ゴロンと倒れ込んだ男は失神でもしているのか白目を向いていて、良く見ればパックリと割れた額からは血を噴出させている。

 容赦無いですね……。目の前で転がる男の様子に視線を向けながら警戒レベルを一段階高め、改めて気を引き締める。

 そして丁度その時丁度バンと扉が開く音がした。


「むっちゃん先頭は頼んだ!ほら皆走って!殿は俺がする!」


 躊躇なく廊下へと走り出していく集団、私が男を押し退けるだけの僅かな間に仲間達の何人かは倒れて動けなくさせられていた。

 普通なら人間相手にここまで容赦なくは出来ないだろう。どうやら奴らも良い感じに壊れてるらしい。


「何時まで呆けてるのですか!動ける人は追いかけるのです!私もすぐに追いかけますが、見失いでもしたら分かってますね?石田先生はこっちに残って阿部さんのサポートと倒れている仲間の様子を見てください、阿部さんこっちは石田先生しか残せません、転がってるのが起きたら使って構わないので、それまでは二人で何とかしてくださいよ!」


「おう、任せておけ」


 倒れたまま動かない仲間三人をこの場に残したまま、先に向かわせた仲間を追いかける。廊下に出ると仲間の一人が待ってくれていて、どっちへと向かったかを知らせてくれた。逃げても無駄ですよ!絶対に追いついて、そして捕まえてみせます!

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