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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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四十四話

 ―――side袴田―――




 太陽が漸く上り始めた頃になり漸く迎えた見張りの交代時間、徹夜明けのぼやつく頭を軽く振り、目頭を何度か揉みながら大きく息を吐き出しながら、今まで一緒に見張りをしていた連中と仮眠を取るため別れて寝床へ向う。

 こんな早朝からの仮眠だ。本当なら寝酒の一杯や二杯位は欲しいものだが、残念ながらそんな気の利いたものは此処には無い。

 隣の部屋からはボリュームを搾る事を忘れた男女の盛る声が聞こえていて、何時もなら飛び入り参加した後で寝ようかとも思うのだが、流石に一晩中致したドロドロの連中の仲間入りする気にもなれずに諦める。

 とりあえずは隣の部屋の入口を蹴りつけ、何とか押さえ込めそうな欲求を水で流し込む。


「そろそろ次の交代に備えて休みなさい、寝坊したら……分かってますね?」


 そう声をかけて黙らせる。

 冷房なんて文明の利器が使える筈も無く、窓や扉を全開にしていくらかでも風を通そうとすればゾンビまで通ってしまうという最悪の状況。

 教師の、と言うか今ここを纏めている立場を最大限に利用して、ここでは一番涼しいであろう日の一切差さない用具室へと向う。

 一歩踏み込んだ瞬間咽返りそうな埃臭さに僅かに顔を顰めながら、マットの上へとドッカリと寝転がる。

 暫くは目を閉じて色々な事を考える。それこそ起きたらもっと食糧を集めないとな等と考えているうちにウトウトしてくる。このまま眠りに引っ張られるのも良いかなと思い初め、現実と夢の世界の境界を楽しんでいたその時の事だった。


 ―――ゴッ!ガガガガガアアアアアアアアアァァァァァァァァン!


 目の前に雷が落ちたかの様な轟音が鳴り響き、僅かに遅れた爆風が全身を強かに叩きつける。

 微睡みから強制的にたたき起こされた私は、一体何が起こったのかも分からない混乱した頭で、しかし考えるよりも先にその場に丸くなり身を屈めた。

 最初の轟音で耳がバカになったのか、体を持っていかれる程の爆風の中で音は一切聞こえず、ビリビリと肌を叩く振動と、建物ごとシェイクされた様な激しい揺れに身を硬くする。

 生きた心地のしない時間、只々息を殺したまま待つ事暫し、激しい揺れは何とか収まりゆっくりと体を起こして目を凝らす。今だ濛々と立ち込める砂埃は室内の見通しを絶望的なまでに悪くしていた。

 それに心配なのは酷い耳鳴りが止まずに全く聞こえない耳だ。今も崩壊が確実に進んでいる室内では、恐らくはバギバギと酷い音がするのだろうが、そんな状況にも関わらず耳鳴り音しかしないのだ。



 どの程度の時間が経ったのだろう。数十秒かも知れないし数分かも知れない、晴れない視界に眩暈がする程の激しい耳鳴りに堪えてただジッと待つ。ピリピリとした細かい振動を全身に受けながら、大丈夫、音が聞こえない位じゃまだ死なないと自分に言い聞かせながら待つその時間はとても長く、普段感じる事なんて無い心臓の鼓動だけがやけに大きく感じられた。


 そうして不安に耐えていると突然ぶわっと強い風が吹き込んでくる。目も開けていられない程の風は部屋に溜まりに溜まっていた砂埃を一気に巻き上げ視界を劇的に改善させた。

 そうして視界が改善されると同時に目に飛び込んで来る信じられない景色、廃墟以外に言葉が見つからない程に変わり果てた武道館の姿が飛び込んできたのだった。


「は……ははははははっ、は……」


 自然と乾いた笑いが込み上げてくる。

 絶望的な状況の中、まるで人事のように笑う自分の声が僅かに聞こえ、それがきっかけになったかの様に程なくしてある程度聴覚も戻った。

 視覚と聴覚が戻った事には正直ホッとするも、しかし戻った五感は同時にこの異常事態をも正しく伝えてくる。


 酷いものだった。

 目に映るその光景は先程までそこにいた筈の仲間達の安否を絶望的なものにする物だった。言葉にする事さえも憚れる程の凄惨なその光景、それはまるで覗き込んだ地獄の釜の中の様な惨状だった。



 現実から乖離した出来事になどこの二日間で慣れてしまったと思っていた。しかし目の前で起こった出来事は、そんなマヒした精神状態すらも叩き起こす程の驚きと恐怖を感じさせるものだった。

 どれ程のエネルギーで打ち出されればそうなるのか、恐らくは仲間達を巻き込みながら武道館を貫く破壊痕は、地面毎半径数メートルを抉り取りながら一直線に外まで伸びていた。


「袴田先生!良かったご無事だったんですね!」


 砂埃が晴れてくれたお陰で見つけてくれたのだろう、交代で見張りに付いていた石田先生の顔が見える。正直一人でも見知った顔が無事だった事に心底ホッとする。


「石田先生……、先生も無事で良かったです。他の皆さんはどうされてますか?」


「ええ、何とか……、他にも何人かは、あそこに」


 石田先生が指差した先には何人かの生き残りが見え、彼等は今も必死に他にも生き残りがいないか探している様子だった。

 中には友だった者の冷たくなった亡骸を抱きあげながら大声で泣きわめく姿や、血だらけになりながらも瓦礫の中から這い出して来た者を助け出す姿が見える。


「……酷い有様ですね。一体何が……?」


「聞いても信じられないかも知れません、実際それを見た私ですら未だに信じられない様な光景でした。私は初め飛行機が至近距離に落ちてきたのだと思いました。それだけの音と風でした。正直それが何かも分からぬまま武道館の壁は爆砕していて、気が付けば私は爆風に吹き飛ばされて地面を転がされていました。それでも私はギリギリ直撃しなかっただけ運が良かったです……。おかげですり身にならなくて済んだのですから……」


 石田先生は破壊された壁のかなり近くにいたのだろう。本人が運が良かったと言うとおりに全身細かい傷が出来ていて、その間近で起きた破壊の凄まじさを想像させる。

 私も含め、こうやってこの場に両足で立っていられるだけでも僥倖だったのもしれない。


「そうですか……、何が起こったのかは確かめなければいけませんね、ですが今はただ言わせて下さい、石田先生がご無事で良かった」


 今も必死で捜索活動をしている生徒達、その足元に広がる瓦礫地帯へと視線を向けながら、本当に良かったと石田先生の肩に手を置いた。

 この様な状況で人一人がいなくなる事の損失の大きさを考えれば本当に無事で良かったと思う。使えるコマはいくら有ったって構わないのだから。


「袴田先生っ……、ありがとう、ございます」


 目元を一度袖口で拭いながら、信頼、なのだろう熱い視線を向けてくる。そんな石田先生に苦笑いを返しながら、足音を気にする素振りも無く歩いてくる男へと視線を向けた。


「おう、二人共無事だったみてぇだな」


 野蛮や粗野と言った表現がとても似合う野太い声、黒と黄色の縞々のラガーシャツを着た坊主頭の男、良く見れば右耳が半分千切れかけているが、それは別に昨日今日の事では無いらしい。

 実際身長はそこまで大きいわけではないのに、その身に纏うはち切れんばかりの筋肉で一回りも二回りも大きく見える男だ。


「阿部君も無事みたいで良かった。状況は見ての通り話し合う意味も無い程、最悪です」


 阿部は破壊された壁の向こう側、林の方向から歩いてきたようだったが、状況を目にしているはずなのだがそれにしては楽しそうな顔を見せている。


「おう、笑える位に最悪だな。今も林の方を見てきたけどよ、トレーラーヘッドって言うのか?トレーラーの頭の部分が転がってたんだが、大気圏突入でもかましてきたみてぇに融解してやがったぜ?見ろよ?触ったらこうなった」


 そう言いながら真っ赤になった掌を突き出してくる。普通の人間なら肌が焼け爛れて笑ってられないんじゃないかとも思ったが、この男を人類の枠に当てはめても良いものかと僅かに悩み「気を付けて下さいね?」と受け流す。


「それにしても、今トレーラーヘッドと言いましたか?……という事はあそこに転がっているのはまさか」


「おう、トレーラーの荷台部分だな」


 違うと否定して欲しかった。だが無情にも返ってきた言葉は肯定する言葉だった。

 改めて目を凝らせば阿部が来た方向とは逆方向の大穴、そこには見覚えのない奇抜なオブジェクトが存在した。

 ひしゃげて地面に突き刺さったそれがトレーラーの荷台部分だという事だろう。


「ま、まさかトレーラーヘッドが空を飛んで突っ込んできたとでも……」


 石田先生が驚愕の表情を浮かべたまま林へと視線を向ける。私だって未だに信じられないが、それでも信じるよりないのだろう。頑なに現実から目を背けようとも現実が変わらないのなら認めた方がずっとマシだからだ。


「おう、石田さんが現実逃避したいなら止めないけどよ、この状況でそれ以外に考えられないだろうが」


「ですが……」


「石田先生、信じられない気持ちは分かります。ですが恐らくはそうなのでしょう……。現実を認める為にも後で確認しに行きましょう」


「はい……」


 まずは被害状況の確認をして、生き残りをまとめる。見に行くのはそれからでも遅くないでしょう。そうして行動する順番を考えていると血相を変えた男子生徒が慌しく駆けてくるのが見える。


「石田先生!あああっ袴田先生も一緒だったんですね!大変ですっ!大変なんです!例の部屋にいた奴らは全員行方不明!それと昨日回収してきた食料も……」


 そうだろうなというのが正直な感想だった。この状況を見れば予想がつかない方がどうかしている。

 こんな世界になって死が身近になったにも関わらず、死と言うものをあそこまで意識させられたのだから。


「―――そうですか……、何人残っていますか?」


「無事に動けるのは十人ちょっといればマシという感じです」


「おう、どうすんだ?やりたい放題だし、食い物も最低限は提供出来るっつうから俺は協力してるんだが?」


 先ほどまでニヤニヤと笑っていた阿部だったが、表情をクルリと一転させると不機嫌さを隠しもせずに詰め寄ってくる。

 こちらとしたって今はどうするかを少しは考えさせろと言いたいが、流石にこの状況で最大戦力を失うのは痛すぎると無理やり笑みを貼り付けた。


「大丈夫ですよ、阿部君との約束は当然守る。充てはあるので状況確認を出來次第に動きましょう。石田先生は彼と一緒に大至急生きている人達をここへ集めて貰えますか?それと阿部君は周囲の警戒を」


 周囲に指示をだすと被害状況を自分の目で確認する為動き出す。折角住み心地の良さそうな場所を確保したというのに上手くいかないものです。




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