四十二話
ささやかな願いが通じたのか、キキッと少しだけ錆びた音を立てて窓が開く。
そこからさっぱりとした顔の愛美さん達が「お待たせぇ」と出てくる。
海先輩だけは手足の隠れるジャージ姿だったが、愛美さんとカノンさんはショートパンツと薄手のシャツに身を包んでいた。
そんな二人のショートパンツ姿は抜群のスタイルを際立たせるもので、否応なく目を奪われる。
そして久しぶりに嗅いだ石鹸の良い香りに包まれた三人を、そういう目で見てしまったのはそれはそれで男子高校生として間違っていない行為だと思う。
大切な事なのでもう一度言う!間違っていないと思う!
……まぁ代償として更に冷たくなった二人の視線と小言を浴びる事なったのは、これもまた仕方の無い事なのだろう。甘んじて受け入れようと思う。
愛美さん達が二階へ上がって行くと、代わりに後輩と花の三人が下りてきてシャワーを浴びた。
「うわぁ、冷たくて気持ち良い」
萌花のそんな可愛らしい声が外に漏れ聞こえる。だけどそんな水の冷たさよりも、きっとずっと冷たい視線を浴びながら、俺は全員がシャワーを浴び終わるまで労働に明け暮れたのだった。
途中までは笑っていた睦月だったけど、謎の連帯責任で自分も労働が終わらない事に気がついた時に見せた表情、そんな睦月の表情を見て俺が「ようこそこちら側へ」と心の中で微笑んだ事をきっと睦月は知らない。
やっと最終だと思っていた悠璃達がシャワーを浴び終わり、後は俺達も順番にシャワーを浴びようと室内へと入ろうとした時、「お疲れー」と手を振りながら戻って来た聟島さん達の姿が見える。
「あっ……おかえりなさい」
俺と睦月は小さくため息を吐きながら顔を見合わせると、諦める様に持ち場に戻り再びポンプの上下運動に従事した。
アコさんと凍さんがシャワーを浴びている最中、二人は彼女の筈なのに大人の余裕なのだろうか「覗くか?覗いとくか?こういうイベント毎って大事だよな?」と楽しそうな聟島さん達のお陰で、男子ってこういうものだよな!と漸く笑う事が出来たのだった。
暫くは男子特有のそういうお話で盛り上がった俺達だったけど、ふと顔を上げれば窓から顔をだした凍さんの呆れ顔が見える。濡れ髪の凍さんは何時もよりもミステリアスに見える。
「話しておくって言ってたのは中学生同士みたいな下ネタの事だったのかしら?何か別の大切な事だった気がするのだけれど」
凍さんに冷たい目で見降ろされながら、時間があるうちに話す事は話しておきなさいと促されて始まった会話、それは中々突拍子も無い話だった。
二人の話しを要約すると、林の方向に蒼い壁があってそれが街を覆っているという話を立ち聞きして、四人でそれを調べてきたらしい。
そして実際に蒼い壁は確かに存在していて、その壁には普通に触れるのだが、越えたり、壊したりは出来無さそうで、もしも本当にその壁が街を囲む様にして伸びているのなら、街から出られないという事も本当なのかもしれないと教えてもらった。
そしてそれを踏まえて四人は街から本当に出られないのか調べたり、後はどうすればこの街から出られるかを探る為、今晩すぐにでも此処を出ると言っていた。
途中で着替えて戻ってきた紗希と悠璃も一緒になってその話を聞いた。正直俄かには信じがたい話しだけど、ゾンビなんていう意味不明な存在はもう認めているのに、他の超常を否定するのは可笑しな話しか。
そんな話の途中で豪太さんとの約束を思い出し、手の離せない俺達の代わりに悠璃と紗希の二人に四人に持たせるお弁当の交渉をお願いすると、大きめのタッパに入ったしょうが焼きと、紙袋一杯になるだけ作ってくれたおにぎりを持った愛美さん達を連れて来てくれたのだった。
愛美さんが「ほらぁ」とタッパの中身を見せてくるものだから、最早暴力と言えるしょうが焼きの匂いに腹の虫を刺激されながら、パンパンになった腕を後少しだと宥めながら動かしたのだった。
「ひははっ、それじゃぁそろそろ行くぜ、お前等簡単に死ぬんじゃねぇぞ?」
「はい!聟島さん達なら大丈夫だとは思いますけど、でもお気をつけて。絶対に何時かまた会いましょう!」
最後に頭を下げて一緒に過ごした時間に感謝をする。本当に色々教えて貰ったから。すると聟島さんが俺の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜながら笑う。
「何だ何だ英、後輩をいじめんじゃねぇぞ?」
「ひははっ、バーカ、俺はアコしか虐めねぇよ」
「楽しかったっす。出来れば何時かまた一緒に騒ぎたいっすね!」
「ひははっ、俺達も楽しかったぜ?それに別にここで生涯の別れって訳でもねぇ、まともな世界に戻れる方法を探しに行くんだからな」
「ああ、英の言う通りだ。無事に戻る為にも、お前等死ぬんじゃねーぞ?」
「ひははっ、それじゃ行くぜ?お前等またな」
俺と睦月の肩を一度ずつ軽く叩くと、聟島さんは軽く手を上げて唇の端を吊り上げるように笑うと背中を向けた。
「じゃぁまたな!」
それを追いかける様に豪太さんが歩きかけ、思い出した様に振り返ると手に持った大き目の紙袋を掲げて見せながら、鉄パイプを小脇に抱え振り返る。
「忘れてた。そう言やコレ、サンキューな!」
俺と睦月の頭をワシワシと交互に撫でると子供みたいな満面の笑みを浮かべた。そんな豪太さんを見守る様に見つめていた凍さんは小さく微笑むと「元気でね」と小さく手を振りその後ろを付いて行った。
「わわっ待って待って~!じゃぁね~秋斗少年~!まった会おうね~!皆も元気でね~」
愛美さん達と何やら最後まで話しこんでいたアコさんは、三人が先に歩き始めた事に気がつくと、少しだけ慌てた様子を見せながら、ブンブンと手を振って別れの挨拶をしてくれた。
「うっせぇぞ朝比奈!」
豪太さんが『ヴヴァァァァァァ!』と何処からか飛び出してきたゾンビの頭を何気なく叩き潰しながら非難する。
特に悪いとも思って無さそうな気軽さで謝るアコさんは、可愛らしく舌をぺロリと出しながら聟島さんの腕へとしがみ付く。
「あはは、ゴメンゴメ~ン、じゃぁバイバ~イ」
もう一度振り返り手をブンブンと振るアコさんと、その頭を軽く指先で弾く聟島さん。それはとても当たり前の光景なのだろう、後ろを何気ない様子で歩いて行く二人。
短い時間だったとは言え、その頼りになる大きな背中が俺達の目の前から消えて行く事を心細く感じながら、最後まで聞こえていたアコさんの何処か場違いな程に元気な声、それが夜空へと溶けて消えていくまで俺達はずっとその背中を見送ったのだった。




