三十九話
「おおお!七、八、九本もあるぜ!へへへっ大当たりじゃねぇかよ!」
校舎の真ん中から大穴が空いた影響なのか、血と腐敗臭の中に焦げ臭さや埃っぽさが混じったなんとも言えない臭いのする校長室の中、嬉しそうな豪太の声が響き渡る。
ただ台詞だけを聞いていれば完全に山賊だななんて考えながら、それでも豪太が腕一杯に抱える戦利品を見てしまえば思わず山賊の様にほくそ笑みたくもなる。
その大量の酒に少し呆れた表情を見せる凍を横目に見ながら、凍とは対照的に今にも小躍りでもしだしそうなアコに苦笑いが零れる。
「ひははっ、凸崎の十八年なんて最近だと超レアだろ、真っ黒いラベルが神々しいな!おっし、お宝を包め包め!」
目に付いた新聞紙をテーブルの上に放り投げる。袋の中でガチャガチャ煩くされても困るしな、新聞紙に包んで持ち運べばきっと少しはマシだろう。
「確か高校の校長って女性だったわよね?イメージ的には職場にお酒のコレクションを置くなんて男性っぽいイメージなのだけれど、やっぱりこういう人って職場でも飲みたいくらいにお酒好きなのかしら?」
箱の見当たらなかった酒を新聞紙で丁寧に包みながら、凍が呆れた様な表情で綺麗に包み終わった瓶を静かに立てる。
「ひははっ、多分だけどよ?全く飲まねぇから貰った酒をそのまま置いて帰ってるだけじゃねぇか?一本も空いた形跡も無いし、一本何万円もする酒を鍵も掛けてない棚の隅に並べてるだけだろ?本当の酒好きなら家に飾るか味見位はしてるんじゃねぇか?」
俺は真っ黒なラベルのウイスキーを箱に戻してから箱が開かない様にテープで止める。
「ふむ、なるほどね……言われて見れば確かに興味無さ気に置かれていた気がするわね」
凍は次の瓶を手に取り繁々とそれを眺め、何周かグルグルと回転させて眺めた後、興味を失ったように新聞紙でそれを包み始めた。
同じように箱が見つからなかったを瓶を豪太が掴んでいるのだが、我慢出来ないのだろう、ラベルを剥したそうにソワソワとしていた。
一度目配せした後で仕方の無い奴だなとため息を吐きだし、残りを二枚重ねにした紙袋の中へと並べていく。
全ての酒を紙袋にしまい込み、さぁて帰って酒盛りだと意気揚々と引き上げかけたその時だった。
ふと何か話し声が聞こえた気がして不意に足を止めた。
「ん?どうした英?」
「ひははっ―――、しっ、何か聞こえねぇか……?」
一瞬気のせいかとも思ったその小さな話し声は、しかし足を止めて耳を澄ますと確かに聞こえてくる。
外……か?一度人差し指を立ててからその指を開いてステイの合図、窓際へと一人ゆっくりと歩み寄り、細心の注意を払ってその窓を小さく開ける。
僅かに開けた窓の隙間からは風に乗って話し声が聞こえてくる。
その声の方向へと耳を傾け声の出元を探ると、木の影にフードを目深に被っているから顔とかは見えないが恐らくは男だろう姿が見える。
ここからだと木の陰に隠れて見えないが、他にも誰かが居るのだろう事だけは分かる。
俺は後ろを振り返り人差し指で来いと合図すると、三人は音を出さない様に注意しながら覗き込んだ。
「ひははっ、見つかんじゃねぇぞ?あそこに一人、それで木の陰に一人、何を話してるかまではまだ分かんねぇ」
風に乗って聞こえる聞こえないかの途切れ途切れの声がする。
「だか……マジ……んだって、うん……」
「―――」
「そう!あ……ー。えっと……だか……この街から出られ……」
「―――」
「そう……ら、蒼い壁……囲まれ……、そこ……先に進め……。ああ……案内するか……」
手を繋ぎ遠ざかって行く後ろ姿、フードを目深に被った男はもう一人の相手の手を引き歩き去る。
先ほどまでは木の陰に隠れて見えなかったが、学校の制服っぽいスカートに長袖のサマーニットにハイソックスと、この暑さの中でずいぶん暑苦しい格好にも見えるが多分極度の冷え性なのだろう。
まぁここで問題になってくるのは、あの二人が付き合っているかどうかとか、初々しい雰囲気に和んでいる事じゃなく、あの男子学生の方が言っていた事をどう捉えるかだ。
「ひははっ……さてどうすっかだな。途切れ途切れしか聞こえなかったけどよ、街から出られないって所と、蒼い壁に囲まれてって言う単語だけは何とか聞き取れたぜ?」
「う~んと?蒼い壁に街が囲まれちゃって出られないって事なのかな~?」
「そうね……調べてみないと何とも言えないけど、それがもしも本当だとしたら……ね」
アコがその形の良い柳眉を顰めながら可愛らしく首を傾げ、それに同意するように凍も言葉を重ねた。
その言葉に少しだけ困った様な顔で凍を見つめたアコは順に俺達の顔を流し見る。
「どうするの~?このまま調べに行ってみる~?」
「ひははっ、どうしたもんだろうな……。もしもこの話しが本当なら計画早めて今すぐにでも出発するべきだろうな、正直この後手後手感はあんま好きじゃねぇし」
世界にゾンビが蔓延してまだたったの二日、だけどそれを「たった」と言うか「もう」と言うかで意味合いは全く変わる。因みに個人的にはもう二日だ。
だってそうだろ?全てが後手に回らせられているんだ。状況も掴めず動き出す事も出来ず、ただ無為に二日も時間を取られてしまっているって事だ。
もしもここで何か小さい事でもきっかけが掴めるなら当然動き出すべきだ。
「あぁ……だったらよ?まずは車探してこの酒積んで置かないか?ここから出るとしても足が無いとダルいだろ?」
「ひははっ、豪太がまともな事を言うと若干背中が痒くなるな。だがまっ先に足を確保しておくって言うのは理に適ってるわな。―――そんじゃまずは足を確保する。それで本当に街が何かで囲われているのか、通れなくなっているのかを確認する。……後はそれから考えっか」
ワイドサイズの窓からは薄っすらと赤く染まった光が差し込み無駄に高そうな調度品を色付かせる。
何処かの民族工芸品だろうか?人の顔を模した木彫りの人形に夕日が当たり、独特の木目が赤く染まった涙を流しているかの様にも見える。それはここで失意のうちに命を落とした者達の無念が篭ってそうな、やけに居心地の悪い粘つく様な空気を醸し出した。
こんな見え方の違いだけで気味悪るがるとかそんなの柄じゃないなと首を振り、不気味な人形に見送られたまま俺達は足早に職員室へと移動するのだった。
「おっ、これプラドじゃねぇかよ。これで良いんじゃね?オフロードでもバッチリの車だしよ、ハッチバック式で荷物の積み下ろしも楽そうだし、何より頑丈なのが良いぜ」
言うが早いか豪太が乗り込みエンジンを掛ける。ワイルドな見た目に反してエンジン音が静かなのも良いな。
エンジンが掛かる事を確かめた豪太は満足そうに後ろに回りこみ、ハッチバック式の頑丈な扉をガバッと開いた。
そんな豪太からは視線を外しその車を見る。目の前には何処か無骨でありながらも、だけど機能性を追及したような真っ白い車体。まるで俺を使えとばかりに真後ろのハッチバックを開けて俺達を呼び込んでいるかの様だ。
「ひははっ、良いじゃねぇか!それじゃこれにしようぜ?勿論運転手は豪太だろ?」
「ばっか!そこは俺と英での日替わりでの交換に決まってるだろ?飲酒運転は良くないんだぜ?」
「ひははっ、バカだな?明るいうちから酒なんて一滴たりとも飲ませるかよ」
「うえぇ……酒は……朝から飲むのが気持ち良いんだろうが」
「……豪太、ダメよ?人として、それはダメ」
大きく開いたハッチバック、酒を洗車道具を取り出したカゴの中にしまい込む。これで瓶が転がって割れる事も無いだろう。
酒を載せ終わった荷台はまだまだ荷物を積む余裕があった。更には最後部の座席を倒せばかなりの荷物、それこそ水の詰った段ボール箱なら十箱以上は余裕で積めそうな程だ。これだけ積むスペースがあるなら食料とか水を少しだけ貰って行くか、あれだけ働いたんだ倉庫から少し位頂いたとしても罰は当らないだろう。
勝手に貰っていくのには幾らかは罪悪感を感じるが、全てをバカ正直にする事が正しいとも限らない、使わなかった車の鍵を職員室の入ってすぐの机に纏めて置くと、俺達はその足で防災倉庫へと向って歩く。
何度も往復した甲斐あってか何処に何が置いてあるかも完璧に分かっている。
俺達は難無く当面の食料品を確保したのだった。




