三十八話
―――side聟島―――
数時間ぶりに戻った視聴覚室、何か在れば入口の前にペットボトルを転がしておく事に決めていたが、戻った視聴覚室前にそれが転がっていない事にとりあえず一安心する。
アコは本当にバカっぽい、だけど頭の回転が悪い訳じゃない、言ってしまえばただの天然だ。
普通に気遣いとかは誰よりも出来る奴だ。それこそ誰も気が付かない様な細かい事に気がついて、必要なら声も気もかけられるし、何よりそれを自らが率先してやれる所とかマジで最高だと思う、まーそんなアコだからこそ惚れてるしな。
ひははっ、惚気んなだって?いや惚気てるつもりはねぇんだけどさ?要するには何が言いたいかって言うと、アコが危険信号を出して無いって事は危険は無いって事なんだぜって言いたかっただけだ。アコが俺達の安全関係でミスるなんて考えられないしな。
だから惚気たつもりなんて……別に少しだけしかない。
「あ、英ちゃんお帰り~無事で何より~!豪太君も少年達もお帰りなさ~い」
「あら、豪太も戻ったのね?ちゃんと若者のエスコート、してあげたかしら?」
視聴覚室のやや重い扉を開けると目の前の椅子にはアコと凍が座っていて、二人は心配してくれていたのか、入口がすぐに見える席で話していたようだった。
アコは俺に気がつくなり飛び跳ねる様に側まで走ってくる。良く懐いた子犬みたいなアコの動きに少しだけ顔がニヤつきそうになるが、そうと分からない様に口の端を持ち上げ笑って見せる。
「ひははっ、戻ったぜアコ、こっちは変わり無いか?」
「うんうん、こっちは何事も無くだよ~、でも何だか英ちゃん達にばっかり働かせてゴメンね~」
「ひははっ、アコが危ない目に遭う位なら俺達が働くさ、それにバッチリ仕事してきたからよ?飲み水にはできねぇと思うけど、それ以外の水は暫くは心配いらないと思うぜ」
「うんっ!ありがと~!秋斗少年も比嘉君もお疲れさま~!豪太君もね?室ちゃんすっごい心配してたんだから~、ちゃんとただいましないとダメだかんね~?」
「ちょ、ちょっとアコ!もぉあんまり出鱈目言わないで欲しいのだけど。私は別に豪太の事なんてそんなに心配していなかったわよ」
「へぇ、ちょっとは心配してくれたって事か?ははっ、心配させて悪かった。サンキューな、凍」
顔を真っ赤に染めながらフンとそっぽを向く凍に、相変わらずツンデレしてんなって心の中で突っ込む。実際今も豪太に肩を抱かれて連れて行かれるその表情は満更でも無さそうだ。
おっと、睦月も秋斗も手持ち無沙汰でどうしたら良いかと戸惑ってやがるな?解放してやらねぇとなって口を開きかけ……、しかしアコが先に気を利かせてくれた事で俺は手を振るだけで済む。
「ほらほら~!少年達は私達に気を使わなくたって良いんだよ~?お友達の所に行っといで~、彼女達も心配してたから、ちゃんとただいまって言うんだぞ~?」
一つ小さく頭を下げて仲間の元へと戻っていく二人の後輩の背中をアコと一緒に見送る。
そんな後輩達の後ろ姿を優しく微笑みながら見送るアコ、そんな表情を見る度マジで良い女だなって思う。正直俺はもう何度惚れ直したかも覚えていなかった。
二人を見送り何でも無い話しでアコと笑いあい、穏やかでマッタリとした時間が流れる何時もと変わらぬ時間、しかしそのマッタリとした時間はそれほど長く続くものでもなく、少しして戻ってきた豪太の出現と共に終わりを迎える事になる。
「英ー、別にもうやる事とかないだろ?校長室に高そうな酒の瓶飾ってたんだけどよ、折角だからこれから拝借しに行かね?」
豪太のその一言で全員の目の色が変わったのが分かった。
大学に入って本格的に覚えた酒の味、高そうな酒と言われればこんな状況とはいえ興味を持たない訳が無かった。
「ひははっ、でかした豪太、それじゃ今から回収に行くぜ?どうせゾンビに味は分からんだろうしな」
「そうこなくっちゃな!んじゃ暗くなる前に行こうぜ!」
「うふふふふふ~。良いね良いね~!今夜は酒盛りだよ~」
「ふふっ……アコは程々にね?青少年の前で乱れたら悪影響よ?」
「な、何よ~!そんな乱れた飲み方……め、滅多ににしないじゃんか~」
徐々に小声になっていくアコの頭を軽く撫でながら耳元で囁く。
「ひはは、程々で俺が止めてやるから大丈夫だ」
「へへへっ、うん~!」
大きく頷いたアコは顔を薄く染めながらと嬉しそうに微笑むのだった。
「お、居た居た少年!」
隅っこの方でペットボトルに穴を空けたり角度を確かめたりと、何度か首を傾げながら工作をしていた秋斗、突然豪太に大声で呼ばれてビックリしたのか目を見開き、一体何だろうと今度は逆向きに首を傾げていた。
「えっと、皆さん揃ってどうかしました?―――って、わっ、ちょっと……」
秋斗が言い終わるのが早いか、既に隣まで移動していた豪太の筋肉質な腕が秋斗の首にグルッと回り、内緒話でもする様に引き寄せ話すのだが、ここまでその会話が聞こえてきているのだからその行動の意味は全く無い。
「少年!俺達ちょっと酒を調達してくるからよ、もし何か言われたらトイレにでも行ったとかで良いから適当に言っといてくれよ?」
「え?別に良いんですけど、酒を調達しようにも学校にはアルコールなんて消毒薬くらいしか無いんじゃないですか?」
「ふっふっふ~、それがそうでも無いんだな~秋斗少年っ!お酒もお金もある所にはあるものなのだよ~?」
首を傾げる秋斗の顔を見て得意げに薄い胸を張るアコ、丁寧に手入れされた髪の毛がふわりと舞う。
何でお前が得意気何だと突っ込みそうになるが、そういう言動の端々に見える陽気さと言うか能天気さ、それが俺には好ましく映るものだからこういう時は黙って見守る一択になる。
「へぇー、凄いですね。あ、もし危ない所に行くなら俺達も一緒に行きましょうか?まぁ役に立つかは分からないですけどね」
「秋斗少~年!」
「ひははっ、青少年保護育成条例に引っかかる事を彼氏の前で堂々とすんなアホ」
叫びながら思わず抱きつこうとしたアコの首根っこを寸前で掴みその動きを止める。
苦笑いしながら人差し指で頬を掻く秋斗、後輩にまでこんなに簡単に嫉妬する自分を格好悪いとも思うが、まあ嫌なものは嫌だしな。
って言うか彼氏の前で他の男に抱きつこうとしてんじゃねえよ。溜め息を吐きながらアコの頭を軽くはたく。
「ぁいった~い!って……ゴメンね英ちゃん?悪気は無かったの~、止めてくれてありがと……ね?秋斗少年もビックリさせちゃってゴメンね~?あんまり可愛い事を言うからさ、思わずモフりたくなっちゃったんだよ~」
「ひはは……、次やったら暫くはアホコって呼ぶからな?」
「えええええええええええ!それは酷い!やだやだ可愛く無い~!」
「ひははっ、だったらやらなきゃ良いだけだろ?……って言うかあんまり嫉妬させんなよアホコ」
「うえぇえぇえへへ……うん!ごめんね~?英ちゃん!」
アコにだけ聞こえる様に唇を耳元へと寄せて小さく囁く、途端に腕に纏わり付いて来るアコの重さを感じながらおでこを指で軽く弾く。
「へぶっ」と小さく呻き声を上げるアコに苦笑いしながら、秋斗が気を付けてと手を振っていた。




