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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
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三十七話

 電気が通っていないほぼ真っ暗の空間、今は俺と聟島さんが照らす懐中電灯の視野の狭い明かりだけが唯一の拠り所だった。

 この懐中電灯にしたって入口近くに非常用と書かれた棚に置いてあったから良かったものの、そうじゃ無かったら一メートル先さえ見えない暗闇に移動すら困難になっていただろう。


 そんなお日様とは無縁な地下空間では外の暑さともこれまた無縁で涼しかった。それこそ始めのうちは気持ち良さすら感じた冷気も、今では暖を取りたいレベルの寒さを感じているのだから我ながら勝手な話だ。


「ったく!昨日から想定外の事ばっかり起きやがる!」


 俺が必死に照らす明かりの中、豪太さんの両手に握られた鉄パイプが縦横無尽に宙を駆け回る。

 それはまるで何かの演舞だと言われれば信じてしまいそうな程、その一つ一つの動作は力強くて無駄が無い様に見えた。

 暗闇の中振るわれる鉄パイプは懐中電灯の光に触れる度に反射する。キラリキラリとそれが鈍く輝くたび、幻想的なその光景とは逆にゾンビの破片が飛び散っていた。


 まぁ本人曰くあれは何となく動いてるだけらしく、基本的に武道の心得なんて無いからただの力技だと笑っていた。本人がそう言うのだからそうなんだろうけど、だとしてもそう見える程の体捌きだ。


「ひははっ……確かにな。出入り口が一つだけとは言われて無かったが、四つも在るなんてな……チッ!秋斗そっち行ってるぞ!睦月はそこの階段の影を警戒しとけ!」


 暗闇の中を聟島さんの指示が飛び交い、そんな指示に対して俺達は返事をする余裕すら無く必死に身体を動かし続ける事しか出来なかった。

 今も目の前に飛び出してきたゾンビの腕をバックステップで一度躱わし、反動をつけて飛び上がるとゾンビの頭上からバットを振り下ろす。

 睦月もソコに居るという想定で数歩回り込むように近付くと、ふらりと飛び出してきた二体のゾンビに慌てる事無く対応してみせる。


「防火シャッターを下ろす!あきとん明かりと援護頼むぜ」


「了解!聟島さん、豪太さんの明かりそっちでお願いします!」


「ひははっ、了解……っと!全く先輩使いの荒い後輩だぜ!」


 聟島さんの了解を得られた瞬間それまで照らされていた場所が暗闇へと変わり、そして新たな場所が照らされる。

 ぼんやりと薄く広範囲に照らされた地下空間の中、睦月が防火シャッターのスイッチを目掛けて一息にそこに駆けると叩き付ける様にそのボタンを押す。


 ギギギ……閉まり始めるシャッターにゾンビが近付き始めるが、そのせいで中途半端にしか閉まらない事なんて無いよう近付くゾンビは片っ端から突き飛ばしていく。

 たったの十秒にも満たない時間、ジリジリとした気持ちでゆっくりと下りてくるシャッターが閉まるのを待つ。


 ―――ダーン!ダンッダンダンッ!

 完全に閉まったシャッターにより閉ざされた通路、それを諦め切れないのか許せないのか、継続して鳴り響く激しい音にその都度心臓が僅かに跳ね上がる。

 ただ何度叩かれようとも一度封鎖した扉は歪むことなくそのエネルギーを受け止めてくれていて、その頑丈さがひたすらに心強かった。

 流石に閉じ込め防止の通用口から出てこられたら仕方が無いけど、だとしてもそこから出てくる数などたかが知れているだろう。そう考えれば一先ずこれで安心だと一息つく。


 ―――ペタリ。

 防火扉を叩く音に気を取られ、突然背後に現れた様に感じる湿った音、慌てて背後に向けてライトを照らす。


『ァハゥハァァァ!』


 暗闇の先にボヤッと浮かび上がるゾンビの崩れた顔、危うく上がりかけた悲鳴を必死に飲み込み、何とか尻餅をつく事無く体勢を整える。

 それでも一体だけなら大丈夫だと一歩踏み出した瞬間だった。暗闇の中を黒い影が飛び上がり、それが何か分かった時には聟島さんがゾンビに鉄パイプをめり込ませていた所だった。

 その余りの早業に俺が目を白黒させていると、少し離れた場所から「うらぁ!」と声が聞こえそちらへと視線を向ける。

 視線の先には既に走り出していた豪太さんがいて、ヨロヨロと向かってきていた二体のゾンビに両手に持った鉄パイプで殴り飛ばしていた所だった。


「ナイスだ英!―――おい少年達も油断すんな!」


 叫びながら豪快に振り払われた右手の鉄パイプは、手近にいたゾンビ一体の頭を豪快に吹き飛ばし、振り払った右手の遠心力でグルリと身体を捻ると、そのまま半回転しながらふわりと飛び上がる。

 次の瞬間にはゴウッという効果音でも聞こえてきそうな勢いのまま振り下ろされたもう片一方の手、それは両手を突き出し威嚇した体制のままのゾンビを、まるでバターでも切るかの様に簡単に真っ二つに割るのだった。


 そこから二人の行ったそれは見惚れる程に鮮やかな虐殺だった。完全に出遅れた俺はその光景をポカーンと口を半開きにしたまま、ただ見惚れていただけだった。


「ひははっ、ボケッとしてんなよ?秋斗も睦月おかわりはまだまだ居るんだぜ?」


「っ……!了解です!」


「分かってるっすよ!」


 聟島さんに声をかけられ我に返り、いまだに緊張続く廊下の先へと慌てて視線を向ける。

 背後からは未だにダンダンと扉を一心不乱に叩き付ける音が響いているし、前方からはふらふらと歩み寄ってくるゾンビの集団が見え、そこそこ離れたココにまで怨嗟の声が届いてくる。

 二人が側にいる事で安心感はある。だけどそれとは別に自分達だって少しは頑張れるはずだと意気込み、だけどその意気込みは何時の間にか戻ってきていた豪太さんがワシワシと頭を乱暴に撫でられて霧散する。


「はっ!英もあんまり煽んなよ?少年達もあんま気負うな?緊張は身体を重くする。命は大事にするもんだけど、尊びすぎるのも意外と落とし穴があったりするもんだし、意気込みすぎるのも自分の命を軽んじてしまうもんだ。だから……何が言いたいかって言うとバランスを大事にしろよって事だ」


 少し照れ臭そうに、だけど何か一種の悟りの境地にでも到達したような、清々しい表情を見せる豪太さん。本人は否定しているけど、やっぱりあの身のこなしといい何か武術の家の生まれなのだろうかと思わずにはいられなかった。


「―――っ!頑張ります!」


「了解……っす!」


「ははっ、頑張れよ二人共」


「ひははっ……もう手遅れかもしれねぇけど、バカは伝染するから気をつけろよ……」


 聟島さんが何か呟いた気はしたけど、まるで人生の師匠にでも出会ったような、そんな憧れの眼差しで豪太さんを見つめていた俺達にはその言葉が正しく伝わる事は無かったのだった。







「おっしと、とりあえずはこれで完成な」


 並べて重ねた机をセロハンテープで巻きつけ繋ぎ止めただけだけど、それでも立派に出来上がったバリケード、グルッと一周しながら確認し終わった豪太さんは満足そうな表情で大きく頷いた。

 そんな風に出来上がったバリケードを見回すと同時に全員が視界に映る。どこか一仕事終えた男の顔をしていて少し面白い。とまぁそれもその筈でかなり出来が良いのだ。

 所々豪太さんの怪力でぶっ指した椅子が楔として地面に埋まっていて、お陰でちょっと押したり引いたりした位じゃビクともしない程、頑強なバリケードへと仕上がっていたのだった。


「そこそこの自信作になったんじゃないっすか?正直思った以上に時間掛かったっすけどね……」


「ひははっ、そうだな。高額なバイト代でもでなきゃやってられないレベルだぜ実際な?―――そう言えば地下で見つけた弓、誰か使うか?矢筒も在ったから一応持っては来たけど俺も豪太も正直別にいらないしな、二人が使うなら持って行っても良いぜ?」


 聟島さんが指差した弓矢へと視線を移す、地下へ逃げ込んできた弓道部員だろうか、ボロボロの袴を着たままのゾンビを倒すと、少し離れた床には弓と矢筒が転がっていたのだ。

 個人的には弓矢とか必要無いんだけど誰か使うだろうか?


「そう言えばあきとん、確か紗希が昔婆さんに弓道習わされてたって言ってたよな?使うかな?」


「どうだろ……?一応貰って行こうか―――聟島さん、これ仲間で使えそうな心当たりあるんで頂いて行っても良いですか?」


「ひははっ、おう、気にしねぇで持って行けば良いさ。それよりも秋斗は豪太と約束した交渉忘れんなよ?そっちががメインの仕事だからな?」


「おお!ぶははっ俺は完全に忘れてたぜ!いや~流石英だな、人の嫌がる事は絶対忘れねぇぜ」


 豪快に笑い飛ばす豪太さんに僅かに笑顔を引き攣らせる聟島さん、豪太さんはそんな聟島さんの顔をチラリと横目で見ると、ニヤリと勝ち誇った様にカーテンで作られた梯子を登って行った。

 後には笑いを堪える俺達と悔しそうな表情で二階を見つめる聟島さんが残るのだった。


「おい、ボケッとしてんなよ?こっちはホースをゴミ箱にセットしたから、手動で動くっつぅポンプをさっさと動かしてみろよ?」


「あ、分かりました!えっと説明書だと……」


 タンクの横に引っ掛けられている説明書を手に取ろうと伸ばし、しかしすぐさま掛かった睦月の声にその手を止めた。


「あきとん、多分読まなくても大丈夫だぜ?ようはそっちのポンプでこっちの五十リットルタンクに水を溜めて、溜まった水をこっちのポンプで上に送るって事っしょ?バルブ系は全部しっかりと閉まってるのを確認してくれてたし、兎に角まずはやってみようぜ?」


「あ、まぁそうだよね。それじゃ俺がこっちのポンプでタンクに水を送ってみれば良っか」


「そそ、これがある程度溜まったら俺がこっちのポンプで上に送るからさ」


 一つ頷きシュコシュコとポンプを上下に動かす。段々と空気が抜けていく感覚、徐々に腕が重くなっていく。これ距離が長いからか結構重労働かも……。

 数十秒程シュコシュコ空気を送ると、ある程度空気の入った自転車のチューブに空気を入れるような重さに変わり、あっ、これキツイ奴だなと思った頃になって漸く真っ赤なタンクに水が注ぎ込まれ始めた。

 ジョロジョロと弱めに流れ出した水は、ポンプを動かす毎に勢い良く水を溢れさせる様になる。

 水が出始めてから体感で三分位、漸くタンク一杯に水が溜まった時には額に汗がビッシリと浮かび、それを手首で僅かに拭い取ってから睦月へと視線を向ける。


 俺と視線を合わせた睦月は一つ頷くと、二階の窓からにこやかにこちらを見下ろしている豪太さんへと右手を一度上げ、豪太さんが親指を立てるのを確認してからポンプを動かし始める。

 そちらも意外と重かったのか一瞬だけ、お?と言う顔を見せたけど、それでも順調にホースを水が走って行くのが見える。水は俺の時とは違い十秒程の時間しかかからずに二階へと到達し、上では水が出始めたのだろう「出た出た」と楽しそうな声が漏れ聞こえた。

 一度出始めた水、睦月がポンプを力強く上下させる毎にタンクの水かさが目に見えて減っていき、二分程で殆ど全ての水を二階へと移すことに成功したのだった。


「ひははっ、二人共、この炎天下の中での肉体労働お疲れだったな、多分この後も大変だろうけど頑張れよ?」


 聟島さんは俺達へそう声をかけると、クツクツと喉の奥で笑いながら梯子を登って行くのだった。

 そんな聟島さんの後姿を見守りながら、その時の俺達はその言葉の意味を考える事は無かった。そして俺達がその言葉の意味を知るのはもう少しだけ先の話しであった。




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