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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
35/66

三十五話



『ウ……ァヴ……』


 ギシリ……ギシリ……。

 一段踏み出すごとに階段が僅かな軋みを上げる。シンと静まり返った校舎内ではそんな僅かな軋みが酷く大きな音に思える。

 数十時間前までは出窓からは見下ろすだけで芽吹く草花の香りさえ感じられ、溜息が出る程の景観だったのに、今では見渡す限りゾンビが目に映り、酷く重い溜息が出てしまう。


『ヴヴヴ……』


 階下に見える数体のゾンビがお見合いでもしているかのように向かい合ったまま固まり、うーあーと唸りながら額と額をぶつけ合っている。触れるという感触が無いからなのか、音以外に興味が無いからなのか、正直その光景はシュールすぎた。

 


 そんな二体のゾンビを見た聟島さんは無言のまま一度ゾンビを指差し、やるぞとばかりに親指をクイッと下へと向け、今度は人差し指で俺だけを呼び寄せ、睦月と豪太さんに向けて二本指を立ててもう一方の階段方向へ行けと指示を出す。

 踊り場で二股に分かれた階段を足音を立てない様に神経を尖らせ歩く、息を止めない様に小さく浅く息を殺しながらゆっくりと階段を下りていく。


 何とか音を立てずに階段を下りきりホッと息を吐く暇もなく、聟島さんは対面の二人が階段の反対側に着いたのを確認すると、俺に待てと分かるハンドサインを送り、豪太さんには人差し指でこっちに来いと合図を送った。

 聟島さんはゆっくりと近付いてくる豪太さんの姿を確認すると、一歩壁際から離れて鉄パイプで床を軽く叩く。

 コツンと鳴った床にグルリと振り返る二体のゾンビ、六割方崩れた顔を歓喜に歪ませる様は普通に怖いし気持ち悪い。


『ウウァアアアアアアアアア!』


 先ほどまで昔の漫画に出てくるヤンキーみたいに額をぶつけ合い、まるでお互い睨み合うかの様にしていた二体のゾンビ、それが今では仲良く聟島さんへと向けて両手を伸ばして躍り掛かる。


 ―――バチュン!バチュン!

 しかしその直後、水風船が破裂した様な音が聞こえたかと思うと二体のゾンビは仲良くその場に崩れ落ちた。

 豪太さんがそっと近付き両手に握った二本の鉄パイプを振るっただけなのだけど、正直振るった鉄パイプが早すぎて俺にはその軌道がほとんど見えなかった。


「ひははっ、お疲れさん。っつうか振った武器が見えねぇとか、相変わらず身体能力バグってんな」


「俺も全然見えなかったっすよ。豪太さんマジでヤバいっすね……」


 豪太さんの身体能力の異常さ、それを知っている聟島さんは単純に豪太さんを冷やかし、それを知らない俺達はただただ目を剥き驚いた。

 聟島さんはそんな俺達の反応を面白そうに眺め、そして何時もの独特の笑い声を上げると俺達の肩をポンと一叩きして先を促す。


「ひははっ、それじゃ連日の肉体労働と行こうかね?」


「はっ、身体を動かすのは嫌いじゃねぇけどよ、何事も過ぎれば嫌にもなってくるよな!これだけ大掛かりな事をやらせるんだ……それ相応の対価を求めたくなるのが人情だぜ」


 口元だけで笑って見せる聟島さんに、歯をむき出しにして獰猛に笑う豪太さん、一歩前に歩み出て笑う頼もしい二人の背中を見ていると、これからする事が何だか何でも無い事のように思えてくるから不思議だ。


「そうですね……。それじゃぁせめて何か美味しい物を融通して貰らえるように要求しておきます」


「はっ!それは良い、それじゃぁ頑張らねぇとな!交渉は頼んだぜ少年!」


「ひははっ、秋斗も豪太の扱い方分かってるじゃねぇか。さては秋斗も連れに単純な奴がいる口だな?」


「あ……ははっ、そうかも、知れないです」


 瞳を閉じると瞼の裏に浮かぶ笑顔に一瞬だけ言葉に詰る。色々あり過ぎて忘れそうになる……。だけどあの笑顔を失ってまだ一日も経っていないのだと、不意に目頭が熱くなり慌てて天井を見上げる。

 一拍の間を空け豪太さんの分厚い掌が俺の髪の毛をごちゃごちゃと掻き混ぜた。


「―――まったく……防災倉庫だっけ?あんな場所に何度も行かせるなよって話しだぜ?なぁ?」


「ひははっ、ぼやくなぼやくな、まっ仕方無いだろ?こっちはこっちで助かった部分はゼロじゃ無い、借りなんて作りたくねぇし可愛い後輩の為だ……ここまでは協力してやるさ」


 肩を竦めながら豪太さんが呟き、それを聟島さんが宥めるように豪太さんの肩を二回軽く叩く。


「ひはは、それに今回は二人って訳じゃねぇし余裕だべ?」


 そう言う聟島さんに豪太さんは肩を竦めて見せた。


「個人的には自分達は今更教師にゴマすりに行って、先輩達を危険な場所に行かせるってやり方は正直納得は出来ないっすけどね」


「ひははっ……まっ、まだまだ未熟な年齢何だからやり方を知らないのも当たり前だろうなって俺達は思えるからよ、二人は気にするな。出来ない奴に出来ないって一々目くじらを立ててもしょうがねぇだろ?」


「まぁ……そうかも知れないっすけど」


 睦月は納得がいかないような微妙な表情のまま、それでも二人が良いのならと小さく頷いた。


「それよりもだよ!良く聞けよ!」


 豪太さんはビシッと指先を睦月に向けて目尻を吊り上げる。

 何を言われるかと指差されていない俺までもが、何故か睦月と一緒になって姿勢を正す。


「あのな?何々っす!は体育会系じゃ普通だけど、世の中一般じゃ敬語じゃねぇからな?慣れないなら無理に敬語で話そうとしなくて良いからよ、そうやって畏まられるんのも何だかむず痒いんだよ。―――まぁなんだ……俺も英もそこまで人に敬われるような人生を送ってきている訳でもない、だからそう畏まるなよな」


 豪太さんは言い終わると笑顔を見せて睦月に突きつけた指先を弾く、本人は極めて優しくのつもりだったのだろうけど、思った以上の衝撃に睦月は額を押さえて「うっす」と何とか声を絞りだしていた。

 ずびしって音がしてたし相当痛かっただろうな、あれ。


「ひははっ、後輩相手に語るとかって―――んふっ、カッコいいねぇ」


「お……やるか?英とケンカするのも久しぶりだぜ!」


「ひははっ、やらねぇよ面倒臭ぇ!体力有り余ってんなら後で凍にでも相手して貰え」


 そうやって二人はじゃれ合う様にしながら先をずんずんと進んで行った。

 そんな二人をどこか憧れの人にでも出会ったような顔で見つめ「マジで格好良いよな、あの二人」そう呟くいた睦月は俺の返事を待たずに進んで行った。


 一緒に居ても先輩風を吹かせて偉ぶるでもなく、ただただ自然体で前を行く背中を一度見つめる。


「……だな」


 そう誰に聞かせる訳でも小さく呟くと三人の背中を追いかけるのだった。





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