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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
二章 黒いゾンビと忘れられない過去
30/66

三十話

二章スタートです。引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。


 小さな息遣いが幾つも重なり合う。

 それ以外の音全てを排除したかの様な静かなこの世界の中、本来なら所詮は扉の開け閉め程度然程大きな音でなど無いはずなのに、緊張で張りつめた神経はその扉が開いた事によって生まれた空気の渦巻きすらも音の様に感じさせた。


 目の前でゆっくりと開いた扉の先、そこは薄暗かったが真っ暗では無かった事に何処か安心した自分がいた。

 電気が止まってからまだ三十時間にも満たない時間しか経っていないと言うのに、もう電気が無い事が半分当たり前に思えてしまう。

 そんな自分のいい加減な感覚に苦笑いを浮かべながら、薄暗い部屋の先へと一人また一人と吸い込まれていくのを最後尾から見守った。



 記憶の中の視聴覚室は四方を厚い壁で囲まれた映画館の様な教室だという印象が強く、正直電気が止まっているこの状況ではさぞかし真っ暗なんだろうなと思っていた。

 だけど実際に中に入ると視聴覚室には一部陽光が差し込んでいて、そのお陰で少し薄暗いなと思う程度の環境になっているみたいだった。

 良く見ればはめ込み式の厚い防音パネルが壁際に二枚置かれていて、余り大きい窓では無いもののそこから必要最低限の明かりは取り入れられているようだった。


 と、言ってもだ。視聴覚室のメリットが音を遮断して外に漏らさない事である以上、当然その二つの窓は開かれてはおらず、室内には僅かに埃っぽい空気が停滞している。

 室内を見回している間に背後では重い扉がゆっくりと閉まり、再び動いた空気が背中を撫でる。

 扉が閉まるのと同時に室内にはホッと安堵した様な空気が流れ、それを見計らっていたのだろう愛美さんが口を開いた。


「皆が良く無事だったねぇ!あぁ……無事で本当に良かったぁ!本当に良かったぁ!あはは、やっと言えたよぉ。もぉ自分から後でにしようって言った手前自重してたけどねぇ、本当は直ぐにでもこうして話したかったんだからぁ!皆は体調とか崩してない?顔色は良さそうだけどご飯とかちゃんと食べてるのぉ?」


 一度口を開いたと思えば止まる事無く忙しなく口と視線を動かす愛美さんは、俺達全員の顔を順繰りに眺め心配そうな視線を向けてくる。

 嬉しいんだけど何処か少しだけくすぐったい様な気持ちになる。


「愛美ー嬉しいのは分かりマース、だけど少し落ち着くのデース。何だか久しぶりに会った田舎のお母さんみたいになってるのデース。溢れ出す母性なのデース」


「え、えぇぇ?田舎のお母さんみたいってぇ……、私そんなに貫禄あるかなぁ……?だったら結構ショックだよぉ」


 少し興奮気味だった愛美さんの腕にそっと手を添えたカノン先輩、茶化すような言葉とは裏腹に、その表情には慈愛すらも感じさせる優しいものだった。


「はい、深呼吸するデース」 


「えっ……あ、うん解ったぁ」


 カノン先輩に促されながら一緒になって深呼吸を始める愛美さん。

 二人揃って深呼吸しながらも愛美さんの頭には未だに?マークを浮かべていた。そんな愛美さんの表情を見て満足そうな笑顔でカノン先輩が微笑んだ。



 カノン先輩はイントネーションが少しだけ独特だけどとても楽しくて優しい人だ。

 確か前にお母さんがロシア系だって言っていた気がする。

 家族写真を見せてもらった事があるけどとっても綺麗なお母さんで、その血を受け継いだカノン先輩も、ハーフらしい小顔で彫りの深い顔立ちをしていて、プリッとした唇がやけに色っぽく艶めき、一度見たら簡単には忘れない程に目を惹く容姿をしている。

 身長は百六十センチ程と女子高生にしては少しだけ大きめで、身体付きは全体的に何処かが突出したりはせずに均整の取れた体付きをしている。


「カノンさん、あんまり愛美さんを苛めたらダメよ?後で拗ねるんだから。新田さん、稲田さん、比嘉さん、後は確か橘さんだったわよね?―――皆、本当に良く無事だったわね……。本当に、良かった……」


 愛美さんとカノン先輩が二人で深呼吸を始めた様子を見て、少しだけ呆れた風な表情を浮かべながら二人の元へと寄って来た海先輩。

 何時もの様に「ほらほら何やってるの」とこの場を収めてくれるものだと勝手に思っていたのだが、しかし俺達の顔を見ながら名前を噛み締める様に呟くと、突然涙ぐみ始めて嗚咽を堪える様に顔を伏せながらしゃがみ込んでしまった。


 隣でそれを見たカノン先輩は愛美さんとじゃれ合うのは直ぐに止めて、海先輩の隣にしゃがみ込むと優しく壊れ物を扱うように海先輩の肩を抱きしめた。


「ごめんね、ごめんなさい……。折角皆と再会出来て嬉しいのに……」


 そう呟く海先輩の切れ長の瞳から透明な雫が零れ落ちる。その雫は握りしめたままの華奢な手の甲へとポトリポトリと零れ落ちた。

 目の前で涙するその姿は何時も以上に華奢で儚げな姿だった。


 元から海さんはスラットした体形と切れ長の瞳が印象に残る美人さんなのだが、こういう姿を見せられると庇護欲を掻き立てられる。

 海先輩が身じろぐたび、サイドで編み込み後ろで束ねた髪が左右に揺れている。

 スラットしたモデルみたいな体形で細長い手足、少しでも乱暴に触れたら折れそうだと心配になる程だった体型が今では更に細くなった様に見える。


 海先輩の背中を何度も何度もカノン先輩が撫でる。そんな二人の支え合う姿は、もしここに田中が居たとしたら「百合の世界は深淵だー」とか鼻息を荒くしてそうだけど、嗚咽を堪える海先輩の様子を見ると、どうでも良い事を考えてしまったと深く反省した。


「ごめんね……カノンさん、ありがとう。もう大丈夫だから」


 再び顔を上げた海先輩の瞳にはちゃんと力が戻っていてホッと一安心する。


「あっと、じゃぁ私がもう少しだけお話するねぇ?一応ここには私達の他にも二つのグループの人達が合流しててねぇ、皆で一緒に行動しているんだけどぉ、今はちょっと出てるみたいだから戻って来次第紹介するねぇ」


「あ、はい、お願いします。ちなみにどれ位の人数が視聴覚室に避難してるんですか?」


 ちなみに今は視聴覚室内に居るメンバーは俺達以外には六人の天文学部の皆だけで、三年生が目の前に居る飯塚愛美先輩、筒井カノン先輩、入江海先輩の三人で、二年生は田中の同級生の伊藤花子のみだ。一年生は並木萌花と郷谷実の二人の姿しか見えず部員が二十人程居た事を考えると俺達を含めても半分以上の部員の姿が見えなかった。


「あ……えっとぉ十三人、なんだけどぉ……」


 だから俺は勝手に天文学部の皆を除いた人数がそれ位なのだと、きっと他のグループの人達と一緒に周辺を見回ってて、これから帰ってくるものなのだと勝手に思っていたのだけど。

 だけど……なんだろうこの空気。


「あのねぇ……、えっともぉねぇ……ここにいる人達しかいないの……」


 その言葉を聞いた瞬間胃に石でも詰め込まれたかの様な、ズンと体が沈みこむ感じに襲われた。

 胸が苦しい、さっきまでどうやって呼吸をしていたのかを思い出せなかった。

 誰かが鼻を啜る音と小さく嗚咽する声が聞こえて静寂が途切れる。


 ……そっか……。

 誰も声を上げず、ただ奥歯を噛み締めその言葉を飲み込んだ。



 そっか……もう部長にも、他の皆にも、もう会えないのか……。ふと屋上で夜空を見上げてバカ騒ぎした時間を思い出す。



 ―――あれは去年の夏の終わりの事だった。

 星空の観測会をした時は熱心に観測をする部員をしり目に、田中と部長が寝落ちしてしまった女子部員の寝顔を熱心に観測していたんだ。

 当然それはバレてしまい、集めて並べたそろばんの上では二人が小一時間程正座させられた事があった。

 脛にくっきりと付いたそろばんの後が鱗みたいだって騒いでいたんだ。

 そう言えばその後の写真騒動がまた酷かったんだ……。

 田中と部長が卒業する先輩に頼まれて、仕方なしにと渡したその時撮影された寝顔写真、だけどそれを先輩に渡した事で盗撮が女子部員バレして、部活内だけじゃなくて、教室でも盗撮魔のレッテルをはられるという事件に発展したんだ。


 そういやそれ以外にもあったな。皆のアイドル愛美さんに大学生の彼氏が出来た事を知った夜、あの日は皆で泣いたっけな、門限なんて無視して朝まで男だらけのカラオケ大会をしたんだ。

 あの日に生まれた名言が凄かった。


 「門限は二十時までに帰るって事だけど、大丈夫日が昇れば門限はまた二十時にセットされるから」


 何故かまるで出鱈目なその台詞を真理だと信じ込んでその日は大騒ぎした。実際その日はバレる事無く昼に何食わぬ顔で戻れたんだけど、後日それを絶対だと信じ込んだ田中が帰ってこなかった夜の事だ。

 寮内に響いた田中の呼び出しが田中の不在を明らかにしてしまい、昼頃に澄ました顔で帰ってきた田中は両腕を体育教師に捕まれ連行されて行った。

 夜にはこの世の終わりみたいな顔で戻ってきた田中は、その時何が起こったのかだけは最後まで話さずに逝ってしまった……。


 思い浮かべればすぐにこうして色々な思い出が浮かび上がってくる。なのに田中だけじゃなく部長まで……。

 あの笑い声に包まれた楽しかった日々は、もう二度と帰ってこないのだと改めて思い知らされる。

 急に目頭が熱くなり俺は慌てて天井を見上げ、それとなく皆から顔を背けた。


「何か色々と嘘みたいでさ……、どうやって飲み込めば良いんだろうな」


 俺が振り返る事が出来る様になるまでの数十秒、皆は何を言うでもなくただ待っていてくれた。

 優しい言葉をかけられると本格的に泣いてしまいそうだったから……、だからその気遣いが今はとてもありがたかった。




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