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今日から始まるパンデミック  作者: クポ
始まりのパンデミック
27/66

二十七話

 

 咽返る程に濃厚な血の臭いと数時間前よりも更に酷くなった腐敗臭、息を吸い込むだけで吐きそうになる程の臭気に満ちた校舎内をひた走る。

 校舎を真っ直ぐに貫く大穴のせいで風通しは各段に良くなった筈なのに、集まったゾンビのせいで臭いはより酷くなっている。


 少しの休息を挟んで校舎内へと進入した俺達だったけど、始めは問題なく、それこそこれだけ順調だと怖いなって言うほどには順調に進んでいたのだ。

 ゾンビで溢れかえっていた大穴から離れる様に、兎に角もう一度部室を目指そうと動き始めたまでは良かった。

 ただ校舎には俺達が想像した以上にゾンビが溢れていたという事と、世界がこんな状況だとしても変わらず一定数は存在する、自分だけが良ければそれで良いと言う人間は変わらずに存在するという事が全てだった。


「前方に何体か見えるけどこのまま突っ切ろう!むっちゃん隣は頼んだよ。紗希は真ん中、悠璃は最後尾で状況を見てフォローを頼む。後方からゾンビも追いかけてきてるだろうし危なかったら教えて」


「うん、了解だよ!」


「オーケ、隣は任せとけ。紗希もなんかあれば声に出せよ」


「はいです」


 目の前の教室から飛び出して来たゾンビを殴り飛ばして教室へと送り返す。

 ドガガガ!と教室では机や椅子を倒した騒々しい音が響き、間髪置かずにドタドタとその場に群がったのであろう音が響く。

 そこそこの数が教室内で蠢く気配を感じながらも、覗きこむ事なく一気に駆け抜けた。

 もう既にかなりの物音を立ててしまっている。ここからは階段まで辿り着けるかどうかはどれだけ迅速に動けるかと、後は運次第かもしれない。


「ったく、それにしてもあのバカ共のせいで散々だぜ。何度思い出しても腹が立つ!あの河童頭とおかっぱ頭!次に会ったら絶対後悔させてやるからな!」


「本当にあったま来るよね!人にゾンビを擦り付けておいて、謝るどころか笑って逃げて行ったからねっ!」


「ギルティなのです!兄と一緒にネトゲをしていた時だって、あんなに堂々と擦り付けられた事なんて数える程しかないのです!」


 ふんすと鼻息荒くした紗希が「顔は覚えたのです」なんて呟く横顔が若干怖い。

 そんな鼻息荒い紗希を横目に今の状況を必死に確認するけど、目に付く場所でゾンビのいない場所を探す方が大変な位だ。


「兎に角階段へ急げ!二階まで行けば少しはマシになるだろ!」


「ですです!言ってる間に見えてきたのです。頑張りましょうもうすぐです!―――わきゃぅ」


 目指していた階段を前にして紗希の悲鳴に近い声が響く。


「このぉぉっ!」


 すぐに最後尾に居た悠璃がフォローへと入りゾンビの頭を一突きする。


 ―――ドシャァァァァン!

 突き飛ばされたゾンビが教室の扉に後頭部から飛び込み、教室のドアが自由へ向けて飛び出さんとレールを震わせる。

 廊下中に響いたその音はしっかりと更なるゾンビをおびき寄せ、前方には二体、三体とゾンビが増え続ける。


 前後をふさがれた俺達は一度足を止めて目の前のゾンビを叩きに掛かるより他無かった。

 だけど結果として今の一連の騒動で俺達全員が足を止めてしまった事、それは冷静に考えれば完全に悪手だったのだろう。

 ここまでもかなりの数のゾンビをやり過ごして走ってきたのだけど、一度足を止めてしまえばやり過ごしたゾンビまでもが追い付いてくる。

 今までは走っていたからこそ、出てくるのが間に合わなかったゾンビが悠々と出てきてしまう。

 本当にあっという間だった。目が届く場所でゾンビがいない場所が見当たらない、後ほんの少しで階段に辿り着けるというのにだ……。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 呻き声を上げながら伸ばされるゾンビの手を紙一重で掻い潜り、その脚を思い切り蹴り払う。

 ゴガッン!と痛そうな音を響かせるが、そもそも痛みなんて感じて無さそうなゾンビには足止め以上の意味を為さないのは分かり切っていた。倒さなきゃジリ貧、どんなにその事を理解していても倒しきるだけの余裕が無い。


 申し訳無さそうに瞳を揺らす紗希と目が合い「気にするな!」と声をかける。

 無理やり走って逃げているのだからどうしたって不測の事態はある。そんなの当然だ。

 倒れたゾンビを追い越して迫ってくるゾンビを押し退け、その隙に数歩後ろへと飛び退り、僅かに得た時間を息を整える事に使う。

 ―――大丈夫まだ動ける!戦える!


「クソッ、一体取り逃がした!悠璃そっちは頼んだぞ!ったくそれにしたって、こいつら次から次へとマジできりが無ぇ!」


 睦月は複数に囲まれながらも流れるような動作で往なしていく。だけどそれは睦月だとしても全てを倒していけるような簡単な状況では無く、自分一人で対応出来ないとみるや態勢を崩しただけのゾンビを悠璃の方へと流した。

 それでも流石なのはそうして出来た僅かな余裕を使ってその他の一体を倒してみせるのだから舌を巻くより無い。


「大丈夫任せて!大変ならボクにもっと回して良いからね!」


 悠璃は途切れる事の無いゾンビに怯む事無く気勢を上げる。

 ―――トン。

 見惚れるような身軽さで窓枠に片足を掛ける。軽く壁を蹴り付ける音を残した次の瞬間、マイクスタンドを支柱にしてゾンビを飛び越す様に後方へ一回転、ひらりとその小柄な体が宙を舞う。

 トタンと軽やかな音と共に地面に着地するのと、ダガン!と壁にゾンビが激突するのは同じタイミングだった。


 次の瞬間、ゾンビが頭から壁に突っ込んだ場所にはゾンビがまるでラグビーでボールを掻き出そうとスクラムを組むかのように群がる。

 ドガガガガガと勢い良く壁に突っ込み、それに押し潰される形で先頭だったゾンビから次々と潰れていく、何体かは勢い余って窓を突き破ってガラスを砕き、まるで呼子の様な役目を果たしていた。

 倒そうが倒すまいが仲間を呼び続けるゾンビ、そんな状況だから倒しても倒しても周囲からゾンビが減る様子は無く、ただひたすらその数を増やし続けるゾンビの対応に四苦八苦する破目になる。


「階段は目の前なのに……、投げ物、これでラストです!」


 そう叫んだ紗希は窓の破壊音に集まっていたゾンビの更に奥に参考書を投げた。

 見事に窓ガラスを叩いた参考書、その音へと向けてすぐさまゾンビが殺到する。

 直接戦えない事を気にしながら、だからこそ誰よりも冷静にこの場を見ていたのだろう、紗希が取った行動は一瞬の間を持って効果を示した。

 まるで手品の様に突如として目の前に出来たゾンビの空白地帯で作られた道、これがこの窮地を脱する一手だと確信して足を踏み出す。


「よしっ!一気に―――ッ!」


 紗希が作り出してくれた道を一気に駆け抜けようと一歩踏み出しかけ……しかし慌ててその足を止めた。

 どうすればそのスペースを生み出せるのかを計算してくれたのだろう。必死に紗希が作ってくれた道だったが、目に見えないゾンビまでは計算に入れられなかった。


『ヴァァァァアアアアアア!』


 数体のゾンビがユラリと体を揺らしながら空いたスペースを埋めるように現れる。


「まだ教室内に残ってたのかよ……」


 紗希はこれだと言う一手を潰され、まるで苦虫でも噛み潰したかのような渋面を作る。

 全員が今の状況を打破しようと必死に足掻いていた。でもどんなに足掻こうともどうしても活路を見出す事が出来ず、冷や汗が止まらない。


 光明が見えずにジリジリと壁際へと追いやられ、紗希と悠璃を睦月と挟み込むように陣取る。

 周囲をゾンビに囲まれる絶望的な状況、心音が痛い位に耳に響き視界が急激に狭まる。ここまで共に戦ってきた仲間達の顔にも流石に焦りと絶望の色が浮かぶ。


 ユラユラと近寄ってくるゾンビは、まるで俺達の心音や徐々に荒くなる呼吸に引き寄せられているかの様に、一体、また一体とその数を増やしていた。

 もうリカバリーなんて効かないと、全てを諦めて投げ出したくなる程の状況、いっそ気でも狂ってしまえば楽になるとは思う。


 ―――だけど……!


 バットを握り締めた手が白くなる程に力を込める。

 ここに来るまでに何度も諦め、心を挫かれ、だけどその度に立ち直らせてくた友の顔を見る。

 佳奈ちゃんの安否も分かっていない中、自分だって決して心に余裕があった訳じゃ無いだろうに、それでも支え続けてくれた睦月。


 悠璃と紗希だって突然叩き落されたこの地獄の様な世界の中で必死に足掻いているし、皆を必死に支えようと頑張ってくれている。


 そして瞼の裏には一年を共に過ごした悪友の笑顔が浮かぶ。

 そうだ……田中だって最後の瞬間まで俺達を心配してくれていた。


 深呼吸一つ程度の僅かな時間、心を落ち着けるかの様に息を吸い込みながら瞳をゆっくりと一度閉じ、そして息を止めると同時に見開いた。

 目の前には変わらずに絶望的な光景が広がっていたけど、だけど視界は今までよりも開けている気がする。


 ―――絶対に諦めない!


 俺は数歩踏み出し一番近くにいたゾンビの足をバットで殴り払う。目の前で足を刈られスタンと真横に倒れこむゾンビの頭を靴底で踏み抜き、そのままその音に反応して迫って来ているゾンビへと向かう。

 数体死に物狂いで倒した所でジリ貧なのは解っている。

 もう打開する方法なんて無いのかもしれない。

 それでももう諦める事はしない、必死に最後の瞬間まで足掻き続けようと心に誓う。


 何でも良い、何かこの状況を打開出来る手はないのかと身体と頭を必死に動かし続ける。今ある手札を思い起こし、何か使える物は無かったかと思い起こす。


「あるじゃん!」


 部室から紗希が持ってきていた筈の物、どうしてこれまで忘れていただろうか。


「紗希、ロケット花火持ってきてただろ、それを急いで出して!悠璃はそれまで全力で紗希のフォロー、頼んだ!」


 言うが早いかのタイミングで一歩を踏み出し目の前のゾンビを突き飛ばし、一気に数歩奥へと駆ける。

 数えるのもバカらしくなる程のゾンビが詰め掛けてくる恐怖感、それにグッと堪えると余計な足音が立たない様に気をつけて走る。


 今出来る中で最大限に時間を稼げそうな事をしよう。そう視線を動かし窓際の一体に目を向ける。

 何体かを追い越し、回り込む様に一番窓に近かったゾンビに近付くと、外に叩き出そうと思いっきりバットを振る切る。


 ―――ガシャーン!殴り飛ばされたゾンビが中庭に向けてダイブする。

 ―――ガシャシャァァァァァン!それに釣られるように近くにいたゾンビが最早条件反射的に突っ込みガラスが割れる。

 隣ではタイミングを図ってくれていた睦月が同調して動いてくれる。蹴り倒したゾンビが教室の扉を倒し、俺の方へと群がり始めていたゾンビが再びバラけ始める。


「秋斗先輩!ロケット花火準備したのです!」


「了解!すぐ向かう」


 あと少し、幾らかでも時間を稼ごうと、仲間達の位置を再確認するとゾンビが集まっても一番被害の少なさそうな場所へと一気に走り、そのまま目に付いたゾンビを窓へと蹴り飛ばす。

 ガンと後頭部をガラスにぶつけたが当たり所が悪かったのか割れないガラス、倒す事が出来なかったゾンビはすぐに腕を伸ばして襲い掛かろうとしてくる。

 だけど、俺は焦る事無く距離を詰めてくるゾンビへと向けて一気にバットを振り抜いた。


 ―――ガシャァァァァン!


 今度こそしっかりと窓を突き破るゾンビ、一際大きな破砕音が廊下に響き渡る。

 窓ガラスが派手に砕け散り、細かく割れたガラスの粉がキラキラと、まるで粉雪のように廊下に降り注いでいた。

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