二十六話
ある程度遠くから見ていた時は校舎を包み込む繭の様にも見えたのだが、近付いて分かったのは、それは団子の様に何個かの丸が連なって出来たものだった。
「何だよこれ……」
徐々に砂煙が晴れてきた事で見えてきた校舎の全容に絶句する。
目に飛び込んできたのは砲撃でも受けたかの様な大穴が一直線に開いた校舎だった。
団子の様に段々と煙が連なって見えていたのは、校舎を貫通していく過程で途中に挟んだ中庭や食堂の壁にも大穴を開けたからだと思う。
そしてその破壊は校舎の壁を壊しただけでは留まらず、地面をも抉り取りながらその破壊の痕を刻み込んでいた。
大分奥まで続いているその破壊の痕、それは半径数メートルの範囲で地面を丸く削り取っているかの様で、一体何が起こればこんな事になるのか想像する事すら出来なかった。
「一体何が起きたらこうなるの……」
「あ、ああ、反対側まで見えるとか……もう意味が分からない」
余りに酷い光景に俺と、いつの間にか隣に並んでいた悠璃の足の進みが揃って止まる。眼前に広がるその絶望的な光景は容赦なく心を折りにくるものだった。
「―――ねぇ……秋斗、こんな世界でボク達が必死に頑張ったとして、一体何か出来るのかな……?抗い続ける意味なんて、あるのかな……?」
ぼそりと悠璃が俺にだけ聞こえる位の声で、恐らくは見た者全てが感じたであろう絶望感を呟いた。
確かにその光景から感じられるのは、もうこの世界には逃げ場所なんて何処にもなくて、どんなにゾンビを倒して生き残ったとしても、何か想像も及ばない力によって俺達なんて簡単に消えてしまうのではないかという光景だった
「止まるな!あきとん、悠璃も今は兎に角走れ!望もうが望むまいが死ぬ時は死ぬんだよ!だからそれまで諦めんな、死ぬ瞬間まで生きろ!」
「っ!」
「っなのです!ここで諦めたら田中が浮かばれないです!悠璃ちゃん、だから今は走って!走るのが苦手な私が走れて、得意な悠璃ちゃんが走れない筈なんて無いです」
こんな状況を見せられても心折られず鼓舞してくれる親友と、誰よりも苦しそうに走る紗希が足を止める事無く振り返る。その瞳には疲れの色が濃く見えるが揺ぎ無い光を宿らせていた。
「そう……だよな。死ぬ時は望まなくたって死ぬんだもんな、諦めるのは死んでからでも良いのかもな」
「秋斗……」
「全く情けないな、何かが起こるたびに一々ビビッてさ、格好悪い。だけど反省は後にする。―――もしかしたら悠璃が言ったみたいにどうにもならないかも知れない。この先もしかしたらどんなに必死に生きても無慈悲な最後を向えるかも知れない。だけどここで生き抜いたら最低よりはちょっとだけマシな未来があるかも知れない。今はそう思い込む事にする」
簡単に歩みを止めてしまった自分の心の弱さ、それを恥じながらも一緒に行こうと手を差し出すと、悠璃は一瞬だけ瞳を大きく見開き「そうだね」と瞳を伏せながら呟いた。
一拍の間を置き顔を上げた悠璃の表情には幾らか元気を宿しながら、俺へと掌を突き出すと「もう大丈夫だよ!」そう告げ走りだした。
誰よりもスムーズな足運びを見せながら走るその後ろ姿に、何だ全然大丈夫そうじゃんと苦笑いしながら差し出した手を握り締める。
握っていた掌を開く、そこには掴み取る事の出来なかった一つの未来があって、俺にはその未来の分も足掻く必要がある事を思い出す。
確かに簡単に諦める事なんてしたら田中に怒られそうだ。俺はもう一度拳を強く握り締めながら少し先を行く三人の背中目掛けて駆け出すのだった。
ゾンビに追い立てられる様に校舎へと戻ってきた俺達だったが、まずは騒ぎの元凶であろう場所、遠目からでも視認する事の出来た大きく破壊された穴を一度確認しようとやってきていた。
どこか少しでも安全で見下ろせる場所は無いかと探し、今は苦肉の策で校舎の少し離れた場所に止まっていたワンボックスカーの屋根の上にいたりする。
出来る事ならこの車を動かせれば脱出出来そうだけど、都合よくカギが指しっぱなしになっていた……なんて事はなかった。
少しだけ肩を落としながらも気を取り直して校舎を観察を開始する。
近くで見れば尚更その何かに因ってもたらされた破壊の酷さが際立って目に付いた。
パイプでも置いたかの様にポッカリと開いた直径四メートル程の穴、一体何をどうしたらこうなるのか想像も出来ない。
校舎の壁だけじゃなくて地面までもをゴッソリと削り取られていて、本気で垂直に大砲でも飛んできたんじゃないかと思う程だった。
何にしたって俺達が考えても想像が追い付かない出来事がここで起こったのだろう。
「酷い有様です……うちの校舎の入口から北側の林までって、一キロ以上あった気がするのですけど……。昇降口から少し外れた所から破壊が始まって、中庭、食堂と破壊しただけじゃ飽き足らず、北側の林までその破壊が続いているとか訳が分からないです」
「ああ、地面も綺麗に耕していってるみたいだからな、一体どんだけこの破壊にエネルギーを使ってんだか」
「どうやってこんな大穴を開けたのかも気になるけどさ、何よりもやっかいなのは周辺から集まって来ている大量のゾンビだ」
「うん、これだけの数を相手にするとか考えたくもないよ」
かなりの大きな爆音が轟いたであろう大穴の周囲には、今も続々とゾンビが集まってきており、余りに絶望的なその光景は俺達をげんなりさせるに十分なものだった。
「パッと見ただけでも、百や二百じゃ全然きかないって事だけは分かるけど……」
「ですです。なので今はいち早くここを離れるのが正解だと思うのです」
「だな……この数に襲われたらって考えると、正直絶望しかないぜ」
「問題はどうやってここから逃げ出すか……だよね」
「正直この状況での移動は無理っぽいだろ?安全を考えるなら一度落ち着くまで近くに身を隠すしかないんじゃね?」
目の前では通勤時間の電車を待つ朝のホームの様に、一体、また一体とゾンビが集まってきており、穴を覗き始めて一分も経たない間にも続々と増え続けていた。
何百という数のゾンビが一か所に集まった事で、幾重にも重なり合った怨嗟の声が壊れた壁や天井に乱反射する。まるで地獄かの様な光景を目に焼き付けながら、俺達はその場から静かに移動を開始するのだった。
「ただいま」
「二人共お帰り、偵察ありがとね。それでどんな感じだった?」
「うん、パッと見た感じ近くにはゾンビいなさそうだったし、角の教室からなら問題無く中に入れそうだったよ」
「ああ、一応二人で軽く周辺もチェックしてきたけど問題なさそうだったぜ」
息一つ乱すことなく小走りで戻って来た睦月と悠璃、二人は校舎の一角を指差しながら小声で囁いた。
明らかに疲れが見えた紗希を心配した悠璃が偵察をかって出てくれて、流石に一人では行かせられないと睦月が一緒に偵察に行ってくれたのだ。
「降りてくる時に使った梯子が壊れて無かったら一番良かったんだけどね」
「本当にな……。でもまぁ破片とかで窓ガラスも結構割れてるみたいだし、それだけ破壊の衝撃がヤバかったんだろうな」
「俺達があそこで立ち回っていた時じゃなくて良かったって思わないとなんだろうね……。それにしてもさ、つい数時間前まではあれだけ校舎から出たくて出たくて仕方が無かった筈なのにさ、今度は中に入る為の入口を探しているなんて皮肉すぎ」
「はぁ……本当にな。嫌がらせとしか思えねぇわ」
破壊が進んだ校舎から視線を外し天を仰ぐ、思わず零れたボヤキに同意した睦月が髪をかき上げながら天を仰ぎ大きく溜息を吐き出すのだった。
「二人共ありがとです。おかげで大分楽になったのです」
「気にするな、後で脳が蕩けるだけ頭脳労働させてやるから、今は黙って体力温存しとけ」
大分体力の限界設定が低めだとはいえ、自分の限界を超えて走り通した紗希は疲れから顔面蒼白になってしまっていた。今は十分にも満たない僅かな時間とはいえ、腰を下ろして休む事が出来たからか、顔色は大分良くなっていた。
「今度絶対に手伝うから!だから体力つける為に一緒に頑張ろうね?」
「本当にな……絶対そうしてもらった方が良いぜ?マジで驚く位に体力無いからな」
「もぉ何度も言わなくても良いのです……そんなの言われなくったって自分が一番痛感してるのです」
紗希が睦月を恨めしげに半眼で見上げ、その様子を見てクスクスと小さく笑う悠璃の声がする。
場違いな程に穏やかな空気が辺りを包み、周囲を警戒していた俺まで一緒になってほのぼのとしてしまう。
ほんとに緊張感無いよなと自分自身に呆れてしまうけど、だけどこの空気感があればこそ無駄に神経をすり減らす事無くいられているのかも知れないとも思う。
そうやって俺達は再び校舎へと戻るまでの僅かな時間、この場には全くそぐわない和やかさで過ごすのだった。




