二十五話
『ヴヴヴヴヴ……』
『アァブ……』
数えるのもバカらしくなる程の大量のゾンビがうろついているのが見える。
どうしたらそうなるのか、根元から裂けた大木が横倒しになっている。
校舎や寮から見えていた程に巨大なシンボルのようだったその大樹はかなりの太さがあり、とてもじゃないが最低でも三人は手を繋がない事には囲めない程大きな樹だった。
大樹にはグルっと縄が巻かれていて、それがまた神聖な雰囲気を後押ししていた。
「おいおい……何で御神木が倒れてんだよ……。ったく不穏すぎるだろ」
「えっと、何時の間にご神木になったの?」
「あー細かい事言うなよ……何となくそれっぽいじゃん?」
「ふふっ……確かにそれっぽいです。―――それにしてもここからどうするのです?かなりの数がうーあーうーあーと楽しそうにしてるのですけど」
「……全くだよね」
まるで何者かが意図的に通行止めにでもしたのかと疑いたくなる様な光景に、無理をしてでもこのまま進むのか、それとも迂回するのかの選択を迫られる。
しかし一箇所に固まりここからどうしようかと相談するべく顔を突き合わせた時、何の予兆も気配も無く、それは突如として起こったのだ。
―――イィィィィィィィン!
急に何処からともなく至近距離を飛行機が飛んで行った時の様な若干耳鳴りにも似た音が聞こえ、俺達がその音が何かと考える暇もなく、首を傾げる時間すら与えられず轟音が鳴り響く。
――――――ガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァン!
「うおっ!」
「ひゃう!」
突如雷が落ちたかの様な轟音が空気を激しく振るわせる。
その轟音は超至近距離で落ちた雷の様にビリビリと空気を震わせ、僅かに体が跳ねる様な揺れまでもを引き起こした。
一体何が起こっているというのか、今度は何が始まるのかと辟易しながらも周囲への警戒を強めたその時だった。
「ね……ねぇあれって校舎の方だよね……」
悠璃の一言に全員の視線が一斉に校舎の方向へと向けられ、そしてそこには目を疑う様な光景が広がっていた。
「どうなってるのです……」
紗希の呟きが聞こえた瞬間だった。世界が怨嗟の声に震えたのだ。
『ヴァアアアアアアアアアアアアア!』
『グルァァァァァァァァァ!』
『ガァァァァアアアア!』
『アウアァァァァ!』
地面を震わせる程の大きな音に導かれる様に突如四方からのゾンビの声が聞こえ、声と同時に次々と木々の間から姿を現すゾンビを見た瞬間、俺は一も二も無くただ叫んだ。
「皆走れ!」
どこにこれだけのゾンビが隠れていたというのか、背後から押し寄せてくる津波の如き暗褐色の大群、呻き声と怨嗟の声が背中に叩き付けられ肌が粟立つ。
まるでコールタールの中を進んでいるかの様に体が重く感じられる程の緊張感の中、四方八方からゾンビの声や気配が溢れ、逃げる俺達には既に背後を振り返る余裕なんてなくなっていた。
少し考えれば分かる事なのに、あの轟音を聞いてもその考えに至らなかった。それもこれも完全にあの轟音と、今も校舎を包むように濛々と煙る砂煙に意識を持っていかれたからだ。
ってそんな事を言ったって意味の無い言い訳だと自分でも分かっている。もしもすぐに行動出来ていたなら、もしかしたら隠れてゾンビをやり過ごすなんて方法も取れたかも知れないけど、今となってはどうやったって無理な話だ。
『ア゛アァァァァァァァ』
自分の集中力や想像力の足りなさに歯噛みしながら、木々の隙間から目の前に飛び出してきたゾンビの頭をバットで小突く。
数えきれないゾンビ数に倒すのは諦め体勢を崩して転ばせるに止め、とにかく今は走って逃げる事を優先する。
今も足音や息切れしそうな呼吸音を耳聡く聞きつけているのだろう、次々とゾンビが集まってきているんだから堪ったものじゃない。
「も、もぉ……うじゃうじゃといるのです……」
「一匹見たら百匹いると思え、だね?」
「うぇぇ……でも実際にはそれ以上いそうだから全然笑えないです」
息を切らせながら顔を顰める紗希、悠璃が隣を並走しながら顔色を確認している。軽口を叩けているのだからまだ問題ないのだろう。
悠璃には俺達よりも最優先で紗希を守って欲しいと伝えている。それ以外のゾンビは左右に分かれた俺と睦月で全て対応するつもりだ。
正直当初の予想よりもゾンビの増え方がヤバイから、一体どれだけこのまま行けるのかは分からないけれど……。
「むっちゃん!やっぱ林方向とか校門方向に向かうのは無理っぽい!あれだけの音だったから仕方が無いんだろうけどゾンビ達も校舎に向ってるみたい!もう俺達もこの流れに流されて校舎に向うしかなさそう」
「ッチ、仕方無いか、ゾンビの向かっている方向に向かうのは正直気が進まないが、この濁流みたいなゾンビの流れの中、それと逆行しながら進むなんて命が幾つ有ったって足んなそうだしなっ!」
目の前に迫った二体のゾンビを俺と睦月の二人掛かりで転がす。ゴロゴロと転がるゾンビを片や余裕の表情で、片や必死の形相で、同時にジャンプしてやり過ごす二人を見て転がす方向も考えてやらなきゃと思った。
「はぁ……はぁ……、追って来るゾンビ、どんどん増えてるのです」
「ふっ……ふっ……うん、そうだね。確実に増えてるし、それに何だか気持ち足が速い気がするんだけど」
「それは流石に気のせいだろ?ゾンビが走り始めたら絶望だぜ?多分こっちが紗希に合わせて遅いペースだから引き離せないだけだろ?」
「ちょ……っと、人をオチに使わないで欲しいのです……。それにゾンビが早く感じる程私が足が襲いっていうのは少しだけ酷いです。ふぅはふぅ……これでも今日はかなり調子が良いほうなのです」
「あー……マジか、そりゃやべぇな」
「紗希、もしも世の中が落ち着いたら一緒に運動しようね」
睦月と悠璃が揃って驚いた顔を見せ、そのまま睦月は残念そうな子を見える目でため息を吐き、悠璃は心配そうに顔を顰める。
「はぁ……はぁ……皆好き勝手、うるさいです!も、もぉ……私は究極のインドアなんです。それに運動が苦手だって死にはしないです!」
「おいおいどの口が言ってんだよ、今、正に、ナウで、死にそうじゃねぇか」
「うぅ……それ以上いじめたら―――っ、はぁ……、っはぁ……。泣いてやるです……」
そんな紗希の消え入りそうな嘆きの声は、ゾンビの呻き声に紛れて消えるのだった。




