二十四話
アスファルトで舗装された平らな道、空から容赦なく照り付ける太陽の熱を地面が反射し大気が揺らめいて見える。
舗装されている場所といない場所の境目には、ツルンと加工されたブロックが置かれており、そのブロックの向こう側は場所によって様々な花壇が作られ、季節ごとに花々が植えられていた。
その花壇の後ろには背の低い木々が植えられていたりと目を楽しませる努力を惜しんでいなかった。
所々に夜間の部活帰りでも安全に帰れる様にと建てられた街灯、アンティーク調のその街灯が照らす夜間の道もまた悪くない景色だったりする。
と言うのもうちの学校は敷地が広大である為、どうしても学生寮と校舎までは一キロ以上の距離が開いているのだ。なのでどうしても街灯も建てられているし、それこそ途中で休憩出来るスペースが設置されていたりもする。のだが……。
「おいおい……嘘だろ!」
「じょ……冗談じゃないです!」
そんな何処か自然と人工を融合させた道を俺達は今、全力でランニングさせられていたりする。
「っつうか!口開く暇があんなら今は死ぬ気で走れ!兎に角走れ!」
「ほら紗希遅れてるよ!走って走って!」
「わ、分かってるのですよ!もぉ……!―――本当にもぉ最悪です!」
それが起こったのは俺達が学校から脱出して三十分位してからの事だった。俺達に起こったまさかまさかの展開、やっと脱出したというのに今度は学校へと全力で逆戻りさせられているのだった。
―――時間は少し遡り今から三十分前の事―――
「ああ……しみじみと感じる空気の美味さ」
「学校の空気は完全に腐ってたからな、マジで比べ物にならない位に美味いって分かるな」
「マイナスイオンです……癒されるのです」
「幸せってこんなに身近なところにあったんだね……」
あれから何とか校舎からの脱出を果たした俺達、今は寮へと向けて足早に進んでいた。
点在する街灯、足元だけでなく両脇に立ち並ぶ木々でさえもきちんと整備された道、そこは先程までのゾンビから湧き出た様な腐った空気とは比べ物にならない程に清々しい空気、昔キャンプで吸った空気は美味しかったと思っていたけど、状況が違えば普段何気無く吸っていた空気でさえもこんなに美味しく感じるものなんだなとしみじみと思う。
ああ、そうそう。ちなみにだけど校舎から学生寮へ向うには大きく分けて三通りの行き方がある。
基本的には校舎と学生寮の間には広大な私有地が広がっていて、そこには色々な種類の木々が植えられた林になっている。
今通っている道はその三つの中でも一番広くて近い道だ。
林を突っ切る様に通された道は綺麗に舗装されていて、普段の登下校では殆どの生徒が使用している。
この道は良くも悪くも見通しがとても良い、きっとあの日も沢山の人達が何時も通りにここを通り、そして走って逃げたのだろう。通路には遠目からでも分かる程に制服やジャージを着たゾンビが溢れかえっていた。
二つ目は一番遠回りな行き方になる。
一度二つの大橋などに繋がる大きい道路へと出てから大回りして戻ってくる道なんだけど、この行き方は通りに出た所にあるコンビニへと行きたい時と車での移動が必要な時位しか使う事は無いと思う。
コンビニの横にはバス停もあり、学生が街へと出かける時は大概ここを使っている。
そして三つ目の道は遊歩道だ。
あそこは景観やロケーションという意味では一番最高だ。
林の間を縫うようにして進んで行く道なんだけど、枝分かれした数本の道が最終的に人口池がある広場で合流するような造りになっている。
メインの道に比べると人通りも然程多くないその道だったが、兎に角抜群に景観が良い事から決して不人気だった訳でも無い。
平日こそ遠回りになる為通る人は少ないけど、途中に広がる人口池とかはとても綺麗で、休日なんかは結構良いデートスポットだったらしく、俺の部屋の窓からは仲睦まじく歩いて行くカップルの姿が良く見たものだ。
ああ、まぁ……それ以外にも行こうと思えば道なき道……何て言えば聞こえは良いが、様は鬱蒼とした林の中を突っ切って向かう事も出来るのだけど、そんな物好きは数える程しか見かけないし、見かけるのも殆どが欲求不満そうなカップルか、柄の悪い連中位のものだ。
そんな所で何をしているか?それは各自の想像にお任せするよ。わざわざ近付いた事もないし、何をしているかなんて然程興味も無い。
「ここに来るのも結構久しぶりだし、何だか懐かしいね……。―――って言ってはみたけど思い出の全部が苦いというか渋いというか……そういう記憶しか無かったよ」
「……ん?―――ああ……ここな。確かに思い出せば出すだけ、ここでの思い出はしょっぱいと言うよりかは苦ぇよな」
真っ直ぐ伸びる舗装された道、そこの中間地点に近付くと自然と見えてくる建物がある。
そこは風避けは無いが十分な人数が雨宿り出来る広い屋根があり、その下には十個のベンチが設置されている。
一年の時の俺達三人は基本クラスから部活まで一緒だった事もあって、寮から学校までの登下校は一緒に向っていたのだけど、田中がメインの道よりも遊歩道の景色の方が好きで今通ってるメイン側を通る事なんて数える程しか無かった。
だからここを通るのが本当に久しぶりなのだけど……。
「何だか俺達ってさ、あんまり爽やかな青春って思い返せないよね?」
「だなぁ、って言ってもまぁ田中が絡んでて爽やかは無理っしょ?」
「ああ……だよね」
だけどそんな苦い思い出ですらもうこれ以上増える事は無いのだと思うと、そんな苦い思い出でさえ大切なものに感じる。
どんなに苦くても、どんなにしょっぱくても、それが俺達三人で過ごした青春なんだよなと遠い目で空を見つめかけ、悠璃の声で現実へと引き戻された。
「ちなみにだけど、苦い思い出だったなぁって遠い目になるなんて三人はここで何があったの?」
「シィーです悠璃ちゃん、聞くだけ絶対に時間の無駄です。田中が絡んでいるのですよ?どうせくだらない事です」
キョトンとした表情で小首を傾げて見せる悠璃、紗希に至っては話を聞く前から半分呆れた様な半眼、所謂ジト目で見つめてくる。ある種の人達には紗希の様な美少女のジト目とかご褒美なんだろうけど、生憎俺にはそういう性癖は無い。
そんな二人の視線から顔を反らしながら当時を思い出す。と言ってもそう大層な事でも無い、それこそ学生の時にはきっと何処にでもよくある話しだと思う。
「別にちょっと三人で遊びに行って、運悪く門限に間に合わなくて、罰としてここの掃除しただけだよ」
「ああ、丸一日休日を使って掃除したな。でもまぁ……それだけだ」
あれは去年の夏休み中の事だった。俺達三人は田中の地元の女子と合コンを行ったのだ。
そこで盛り上がり過ぎたり食べすぎたり、帰りに田中が電柱とお友達になり、最後にはとある地方の公務員の方と鬼ごっこしてみたりとやりたい放題。
お陰で最終のバスには乗り遅れ、ヨロヨロになりながら歩いて帰ったものの門限なんてとっくに超過しており、当然入口前で待機していた寮長に見つかってしまい、一晩中正座をさせられる羽目になったのだ。
そして次の日、夏休み中だと言うのに職員室へと呼ばれ、罰として一日かけてここの掃除を命じられたのだ。
柱からベンチまで全て拭き掃除し、それが終わってからは草刈をする羽目になった。
まぁそれでもそうやって手伝いをする事で夏休みの追加課題を免れたのだから俺達にとっては悪くない話だった。
「ふーん……そこはかとなくエロスの香りがしやがるのです」
「だね。爛れた背徳の香りがするよ」
二人からのやや冷めた目線に若干の気まずさを感じる。
「何だよ」
「ふん、別にーです」
「二人はモテそうだからそういう事が有って当然かも知れないけど……それでもボクはそういう事を気軽にするのは何か嫌だな……」
「いや気軽にとか……、二人がどんな想像しているのかは解んないけど、そういうのは無いよ?」
「じゃぁ二人は下心も何も無かったと言いたいのですね?潔白だ冤罪だ。私達は身も心も清らかだ。私はさくらんぼ♪っていう事なのですね?」
「「……」」
数秒間の沈黙が流れ、別に悪い事をしている訳では無いのだけど、どこか白々しい空気が流れる。
「紗希……?」
「ギルティなのです。悠璃ちゃんこの件は落ち着いたら先輩の妹さんも含めて協議が必要そうなのです」
「お、おい紗希!佳奈は関係ねぇだろ?」
「ふーんです。これは自衛権の行使なのです。節操の無い色魔対策には必要な事です」
紗希は悠璃の手を取り握りしめ、自分達の清廉は自分達で守らなきゃいけないのですと鼻息が荒い。
「何か余計な事俺が言い出したせいでごめん……」
「いや、こいつ等が女だって事を忘れて同意した俺も悪い」
睦月は肩を竦めながら僅かに疲れた表情を見せる。佳奈ちゃんにまで話しが行くと絶対に俺達が問い詰められるのは確定的だ。穏やかじゃない未来が容易に想像出来てしまい二人同時に溜め息を吐く。
「ギルティです!こんなに可愛らしい私達を捕まえて女の子に見えないとか、後で良い目のお医者様を紹介して差し上げるです!」
「うっせ、ああ面倒臭ぇ、それとな、どんだけ自分の面に自信があるのか分からねぇけどさ、自分で自分を可愛いとか言うな恥かしい」
「あ、あはは……」
何だかんだで楽しそうにじゃれ合う兄妹の様にも見える二人、俺はそんな二人が飽きるまで生暖かく見守るのだった。
それにしても何でだろう……腐臭と混沌が混じり合った絶望的な状況のはずなのに、何だかここだけとっても姦しい。
そう言えばゾンビが世界に溢れてから初めて外に出たんだな。他の人と会う事も無いけど一体生存者はどれ位いるのだろうか?答えなんて出ようがない事なんだけどそんな取り止めの無い事を考えながら歩みを再開するのだった。




